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買い物難民に合わせてコンビニや移動販売
Date:2013-12-22(Sat)

子供の頃、四国のには「いただきさん」という、漁業を営む主人の取ってきた魚を街で売りさばく行商人がいた。仕入れは魚市場の仲買さんから買い、自転車のサイドカー型の箱に詰め、市内数カ所で商いを行う。

一カ所2~3時間で場所を移動しながら毎日売り歩き、お客の好みで魚をさばいてくれる。重宝な魚屋さんとして人々に支持された存在だった。

「いただきさん」は高松の街では、単に行商の魚屋としてのみならず、気軽に街の人やお年寄りに声をかけ、良き話し相手となっていた。今晩の献立の話や、最近の健康状態、なにげない日常的な話など、街の主婦やお年寄り達の相談役や話し相手となり、人々もこの行商が来るのを楽しみしていた。

また、オート三輪に生鮮食料品や駄菓子を積んだ移動販売車もあった。夕食や翌朝の食材を求め、近所のおばさんたちが集まった。

今でこそ車で買い物に行くのが普通だが、当時は女性が運転するのはまれ。移動販売が地域の食生活を支えていた。

「いいただきさん」にしろ、移動販売は、買い物だけではない。コミュニケーションの場も提供してくれた。

この風景はどことなく消えていった。モータリゼーションの発達と郊外型スーパーの進出と、都市化でどこの地方都市の均一化だ。この敦賀も同じだ。

そのスーパーが松葉町、ひばり、など店を閉めている地域も見られるようになった。一方で、いつの間にか、コンビニが増えた。きめ細かいサービスが心憎い。意外とお年寄りにも人気とか。そのコンビニもない西浦、東浦など、生協の移動販売車が静かに人気となる。

それでも山間地の人口流出は止まらない。広がる地域格差、買い物弱者の増加はどこにでもある問題とはすまされない問題が、敦賀にも横たわる。
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