忘れてはいけない、重い教訓
Date:2014-03-12(Wed)
昨日、議会開会冒頭、黙祷から始まった。3年前の3月13日の私のブログだ。「これは悪夢でも映画でもない。言葉を失う。テレビが映し出すヘリコプターからの映像は、戦慄すべき現実だ。一体どれほどの団らんの場が消え、積み上げてきた財産が奪われたのか。(中略)

ブログに何をかこうか、言葉がでない。専門分野の原子力発電所の事故について書く。原子力発電所の事故も検証を待たなければならないが、私が想像する限り、はるかに越えた事故であることは確かだ。また、情報伝達も迅速かつ正確に行うことが大事だ。東京電力福島第一原子力発電所1号機の事故、トラブルは、爆発で煙がたち、原子炉建屋の外壁が崩れる(中略)」

当時の私の狼狽ぶりが伝わる。3年の歳月を「もう3年」と感じるか、「まだ3年」と思うかは人によってまちまちだろう。

国内観測史上最大の地震が列島を激しく揺さぶり、巨大津波が平穏な暮らしをのみ込んだ「3・11」から3年が過ぎた。

復興はまだ途上にあり、福島の事故以降、廃炉と除染、汚染水の処理と、膨大な時間と経費とマンパワーがかかる。

あの日、テレビ画像に凍りついた日本人の誰もが、被災者に「やむにやまれぬ思い」を抱いたはずだ。一方で、震災や事故の風化が進んでいるとの声もある。今も26万7千人が避難生活を送り、事故の避難者の中には故郷への帰還の望みを断たれた人も多い。災厄を忘れず、東北の苦悩に寄り添うこと。

国と私たちの責務にほかならない。 原子力発電所の稼働も安全第一。あの日の教訓は全体に忘れてはいけない。

市議会でも原子力防災が昨日、議論されたが、福井県議会でも、あの日の教訓を形にする作業が続く。

14年度当初予算案の原子力防災面では、事故時の多様な避難手段の確保のため嶺南の半島部に臨時ヘリポートを整備するなど、3事業に計4億4300万円を充てた。

ヘリポートは、原発事故や地震といった複合災害で道路が寸断された場合に備え、自衛隊などのヘリが住民避難の際に離着陸できるようにする。敦賀、常神、大島、内浦の4半島を対象に新年度は4カ所を設置し、2年間で計8カ所を計画している。 
いずれにしても、忘れてはいけない最も教訓だ。
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