FC2ブログ
寝苦しさ、あれこれ・・・・。
Date:2008-07-27(Sun)

日本列島の晴れマークは暑さをさらに暑くする。岐阜県の多治見で最高気温39.0度と、聞くだけでも暑い。昨日は、原電とファミリーの組合で構成する原電総連の大会。東京での一日は暑い、その上、夜遅く戻っての敦賀も暑い。

読まれる方に暑い暑いは申し訳ないが、これも暑さのうさ晴らし。その上、寝苦しい毎日だ。夜中に窓を開けても、風はそよとも吹かない。気力まで吸い取られるようで、うらめしい。かつてとは、どのくらいだろう、暑い日本の夏、猛威をふるっていたのが日本脳炎だ。ウイルスを持ったブタから人間へと、コガタアカイエカが媒介する。死亡率20%という恐ろしい感染症で、60年代は年間一千人以上の患者が発生した。

網戸もなく、冷房もない、蚊帳(かや)で、うちわを片手に「暑い、暑い」を連発する親父、蚊取り線香に火をともす母親、それを懐かしむ時代になった。その頃、「蚊には注意しなさい、さされると日本脳炎になるかも」が合言葉だった。

予防接種の普及で近年は年間10人以下と、もはや「過去の病気」となっていた。ところが3年前、重い副作用が発生したことから定期予防接種が中断され、雲行きが怪しくなってきた。新ワクチンの開発も遅れ、供給開始は来年度以降の見通しだ。長期の中断で免疫のない子どもが増え、再流行の恐れがあると医療関係者は危惧する。「はしか」もその一例だろう。免疫を持たない十~二十代の若者が相次ぎ発症し、多くの大学が休校に追い込まれた。

結核もそうだが、「過去のもの」が最近、復活し、一方で、新型インフルエンザの流行が予想されるなど、医療行政は、医師不足だけではない。現場である敦賀市の保健センターの役目も大きい。話は飛躍するとが、これだけ猛暑日が続くと、戦争中に兵隊の死亡原因になった「マナリア」に流行もあるとか。いずれにしても医療行政は、難しい。

戦争中の話から転ずるが、日本への「命のビザ」をユダヤ人難民に発給した故杉原千畝・駐リトアニア領事代理と関係の深い、敦賀市と岐阜県八百津町が昨日、きらめきみなと館で相互交流協定を結んだ。
岐阜県八百津町は、杉原の「千畝」(ちゅうね)は、「畝(うね)が千ある」という意味。「人道の港 敦賀ムゼウム」の説明のときに、必ず入れる項目でもある。冒頭の日本脳炎の話ではないが、過去の教訓を学び、現代を考えること大事なこと。

歴史の政治的な判断の誤りも、現在と照らして、じっくり検証するのも大事だ。「人道の港 敦賀ムゼウム」と敦賀港駅舎の鉄道物語など、八百津町の連携も大事だが、敦賀市内の連携も大事だ。
スポンサーサイト



【2008/07/27】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |