「井の中の蛙」の議論でいいのか?
Date:2014-04-15(Tue)

朝夜寒く、昼暖かい。寒暖差が大きい。野坂山も春の霞(カスミ)でぼんやりしている。春は霞、秋は霧という。

どうも「かすめる」ようなニュースが多い。言葉に惑わされて、なかなか実像が見えてこない。STAP細胞の騒動がそうであり、プロ野球の統一球の問題がそうだ。

すっきりせず、何か思惑があるのかと目をこらしても、視界がかすんでよく見えない。科学の分野に政治的な霞がかかるのか。

政治に目を転じれば、集団的自衛権をめぐる議論がある。積極的平和主義とか、限定集団保障とか、こと国の安全保障にかんするだけに、国民に分かりやすい議論を願いたい。政治の駆け引きは理解できないでもないが、科学的な分野での議論は許されない世界だ。

ところで、昨日、敦賀2号機の破砕帯問題について、原子力規制委員会の有識者会合が開かれた。この日は、2号機原子炉の北東約250メートルにある活断層の浦底断層と、原子炉直下に延びるD−1破砕帯をつなぐ「K断層」についての議論がかなり時間を割いて行われた。疑問を積み上げて結論を導き出す姿勢はあるが、事業者と違った見解が続く。

この時期、山や海の霞から頭上に視線を移せば、時折、青く澄んだ空がのぞく。よく「井の中の蛙」という言葉がある。大海を知らないと議論がおかしくなることも多い。

先日、琵琶湖の湖畔で蛙を見た。ここのカエルは、大きく空を見上げていた。それぞれに見方が異なる見解もある。それも万年オーダーの話、「井の中の蛙」のならないよう、異なる有識者による幅広い議論を求めたが、この日も拒んだ。

まだまだ、議論が続くが、霞がかかったような、分かりにくい議論が続くだけに異なる見解も入れた議論展開も必要に思う。


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