政治家の健康管理
Date:2014-05-26(Mon)

昨日の日曜日、早朝は町内の公園の草刈り、午前中は観光ボランティアで「大谷吉継」ゆかりの永賞寺の供養塔から来迎寺の敦賀城の中門の遺構まで歩いて案内。

吉継の敦賀治世は関ヶ原までのわずか15年だが、全国的に人気が高い。町割り、港の基礎、旧「笙の川」の治水など近世、現代の基礎を築いた存在でもある。城下町「敦賀」の面影はないが探すとある。

ところで、青森県むつ市の宮下市長が先週19日に現職のまま62歳で急逝した。在職中の死去は、70歳で亡くなった杉山粛さんに続き2代連続である。

むつ市は遠い存在だが、宮下市長は、市議長などを経て、2007年7月の市長選で、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の誘致推進などを掲げ、無所属で初当選。原電と東電の中間貯蔵施設の建設が、福島の事故の後の中断を経て進むだけ、残念な存在だ。市民クラブでも数年前に視察した。

11年7月に庁舎移転や赤字解消など4年間の実績を強調して宮下市長は再選され、下北5市町村などで日本ジオパーク(地質遺産公園)の認定をめざす「下北半島ジオパーク構想推進協議会」の会長を務め、敦賀市とは違った環境だが、エネルギー問題で河瀬市長と同じように先頭にたっていた存在だ。

「むつ市が元気になれば下北が元気になる。下北が元気になれば青森県が元気になる」が口癖とか。

東日本大震災後、沈滞した地域を目の当たりにして掲げた2期目のスローガンは「希望のまち」。むつ下北が元気を取り戻すことを何よりも気に掛けていた。住民との対話を重視し、小さな会合や宴席もいとわず出席した、と聞く。

むつ下北の地域振興のため、エネルギー問題で先頭に立ち、持ち前の負けん気で国に何度も掛け合い。念願の黒字転換を果たすと、市長給与を削減していることはおくびにも出さず、真っ先に部下の労苦をたたえたとも。 

政治家の思いと健康管理の難しさを感じる出来事だ。
スポンサーサイト
【2014/05/26】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |