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戦略には情報、それには調査・分析
Date:2008-08-05(Tue)

麻生幹事長ではないが、私たち世代はどうも漫画が染みついている。「時代」という空気というか、漫画にも、宮崎駿の世界とは違う、その時代、その時代で気分やにおいがあるように思う。NHKテレビだったか、漫画家・赤塚不二夫さんが、かつて、住んでいた東京・豊島区のアパート「トキワ荘」を舞台にした番組があった。売れない漫画家とはこういうものか、とその不規則さと、はちゃめちゃな生活ぶりが描かれていた。それでも、明日を夢見て集まり、議論し、批判し、貧しいが挑戦を忘れない。敗戦の傷跡を残した集団生活だったように記憶する。昭和20年代、30年代はそんな時代だった。

私が男だけのむさくるしい大学の寮の時代は昭和40年代。高度成長から低成長時代への曲がり角、学園紛争が終わり、ノンポリ感が漂う混沌とした時代でもあった。寮生活は4人部屋。女人禁制はなくなり不規則そのもの、それでも、訳のわからない議論をし、酒も仲間とよく飲んだ。どうも「おそ松くん」の延長戦とも思うのである。

昭和37年に連載された週刊少年サンデーの「おそ松くん」は、ヒトあふれはじめた時代の漫画。フランスをひけらかすイヤミ、おでんが大好きなチビ太と六つ子の繰り広げる破天荒なストーリーに、笑い転げた。

イヤミの「シェーッ」のポーズは、私たちの共通語。連日のように大酒を飲み、食道がんの手術を受けても、退院してはまた飲んで「ノーメル(飲める)賞だな」とオヤジギャグを飛ばす。私たちの先生でもあり、教科書だ。「寒い・・・」と言われてもひるまず、また繰り返す。今、思い返せば、この漫画が、今でもしみついている。

またまた書き出しが長くなった。総務省HPに入る。先日、発表した2008年3月末時点の住民基本台帳人口をじっくりと見る。わかっていたとはいえ、東京、名古屋、関西の三大都市圏への集中が加速している。というよりもすさましい。三大都市圏の人口は昨年50.01%となり、初めて全国の人口の半数を上回った。

ことしは50.2%とさらに増加した。伸び率は二年連続増だ。都市圏の中でも伸びが著しいのは東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)である。日本の人口の四分の一以上が一都三県に集まっている。それも異常に増えている。東京都の増加数は、意外にも昭和43年調査開始以来、初めて10万人を超えている。 逆に、福井県、嶺南、敦賀市含め、いずれも地方圏の人口は減り続けている。敦賀の気比さん祭りの年に一度のにぎわいは、東京では毎日、上野、新宿、渋谷と感じることができる。

言うまでもなく、人口集積は地域の活力に直結する。このままでは都市と地方の差は広がるばかりだ。敦賀市の人口動態をじっくりと眺めると、日本の人口動態とほぼ一致する。福井県の中にあって、高速道路、JR、工場、発電所と、それなりに整うのが、地方都市である小浜市と違うところだ。都会でもない、しかし、全国の地方都市とも様相が違う。どうもそれに甘んじているような気がしてならない。
いずれ、急速な高齢化と人口減少が始まろうとしている。

地方が人口を確保するためには、経済の活性化がなによりだ。これまで以上の戦略が必要なことはいうまでもない。戦略には情報が必要だ。商業統計、工業統計は、国との関係でデータを取っているが、市の独自分析は、ほとんどされたことがない。人口との関係、政策実行との関係など、緻密な分析が必要ではないか。

どうも敦賀市は、このことに無頓着すぎた。かつての、明治期の重要港湾指定、昭和初期の東洋紡などの企業誘致、昭和40年代の原子力発電所誘致は、大きく敦賀市を変貌させ、発展させた。これを維持し発展させるには、次の施策をどうするか、「港」と「産業」が、歴史的にも発展のキーでもあり、活力でもある。文章表現は多くあるが、私の不勉強か、それを歴史的に人口増加、個人所得増加と結びつけた、研究論文は、私の知る限りデータで分析されたものはない少ない。

昨年、「企画政策部」と名前を変え、中に「政策推進課」を設置した。その意味合いになる司令塔の役目がほんとに果たせいるのだろうか。総合計画と人口問題は切っても切れない関係だが、これまで、どうも棚上げにした印象を持つ。そのつけが現実になっているようにも感じる。

人材もあろうが、調査・分析に基づいた議論、敦賀市の将来像を描き切る努力が必要にも思う。失礼だが、思い付きでは財政厳しい時代、将来につけを残すことにもなりかねない。「トキワ荘」的な議論や励まし、批評を受け入れ、それに調査・分析を加え、政策を戦略に変える。いくら小さな敦賀市でも、そんな司令塔が必要ではないか。
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