「吉田調書」のあまりにも重い教訓
Date:2014-09-14(Sun)

昨日より小浜市の秋祭り「放生祭」が始まった。男山の八幡神社の例祭で、漁や狩猟で捕まえた魚や鳥などを供養する祭りとして300年以上前から続いているとか。敦賀まつりほどの賑わいはないが、小浜の路地裏が山車を囲んで子供からお年寄りまで祭り一色になる風景はいい。

ところで、「吉田調書」はあまりにも重く、その教訓は肝に命じなければならない。このことをどう書こうか、正直、迷っていた。それは、原子力発電所に働いていた一人と手に取るように光景が浮かんで来るからだ。「安全第一」という言葉にも優先順位がある。自らの命かえてもとの極限状態だけに、この教訓は重い。

福島第一発電所の1号は敦賀発電所1号と兄弟炉。仕組みが同じとあって、何度か出張にも行き現場にも入った。それも20代の駆け出し頃だっただけに現場も鮮明に覚えている。

ところで、政府事故調査・検証委員会が、吉田昌郎元所長や菅元首相ら19人から聴取した調書は、あまりにも貴重だ。

それも11人が民主党政権の国会議であり、選挙、国会への陳情を通じて、何度もお会いして人となり性格も多少なりとも理解している。それだけに危機管理の冷静さとリーダーの重要性という点でも重い教訓だ。

吉田所長と菅直人元首相との評価というか、菅元首相に対する事故調報告書の厳しい評価は当然と言えよう。

吉田所長の極限状態での現場での判断は、その後を状態をみても明らかに重要だった。

政府事故調の報告書は「首相は各機関・部局に情報収集と対応策を任せ、最終判断を行うのが役割」と指摘した。その上で、「介入は現場を混乱させ、判断を誤ることにつながりかねず、弊害の方が大きい」と結論づけた。その通りだろう。 

調書からは、官邸に情報が集まらない実態も浮かぶ。情報の伝達と情報管理、さらには、危機管理と原子力発電所だけにこだわらず、災害時の危機管理にも教訓となる。

事故の検証を深め、より正確に、情報を開示し、事実に向き合うことも、これほどの教訓はない。

スポンサーサイト
【2014/09/14】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |