再処理工場閉鎖での敦賀への影響
Date:2014-09-30(Tue)

「おたかさん」の「Mayway」を昔、聞いたことがある。張りのある声と力強かった。その土井さんが亡くなった。旧社会党を率いて1989年の参院選で大勝し、自民党を過半数割れに追い込んだ年。福井県の参議院選挙で連合候補が唯一勝った年でもある。敦賀の平和堂前、白銀の交差点は人で埋まった。

平和堂前での演説も歌声と同じように、力強く、歯切れもよく、演説の節目、節目でおこる拍手と声援はすごかった。

西川、栗田の知事選の平和堂前の動員による聴衆も多いが、「おたかさん」は違った。自然発生的に集まり、数は忘れたが数千人、オバサンの歓声、まさに「山が動き始めた」を感じさせる怒濤と歓声、このときを最後に敦賀では知らない。

ところで、敦賀に影響を与える決定が茨城県東海村であった。残念と言わざるを得ない、というよりも、もんじゅ、ふげんとも密接に関係するからだ。

日本原子力研究開発機構は、使用済み核燃料を再処理する東海再処理施設について廃止する方針。福島の事故後に厳格化された規制基準を満たすのは困難と判断。

施設は、1981年に本格運転を開始、2006年からは、新型転換炉「ふげん」の使用済み燃料再処理を続けつつ、国内2か所目の日本原燃の再処理工場への技術支援などに当たってきた。

さらに、高速増殖炉「もんじゅ」の使用済み燃料の再処理実証試験で一部工程を実施する予定だった。廃止によって、もんじゅ燃料再処理にも影響する。

今後の核燃料サイクルへの影響が懸念される。完成間際の青森県六ヶ所村の再処理工場の技術移転は終わったとするがほんとにそうだろうか。再処理工場の運転技術は放射線量が高いだけに高度なノウハウがある。

「やっるきゃない」「ここでやめたら女がすたる」の名文句は有名だが、再処理工場を止めたら核燃料サイクルの要がなくなるに等しい。私に言わせると「ダメなものはダメ」と言いたいが、この閉鎖は敦賀にも必ず、影響する。
スポンサーサイト
【2014/09/30】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |