敦賀半島、西浦の二つの小学校休校、それでも前をむいて進もう!
Date:2015-03-25(Wed)

春は卒業、進学や就職、人事異動の季節。願いがかなった人の一方で順風満帆とはいかず不本意な人もいる。選挙も、その人の人生を変える。

不遇な時期が後々豊かな実りをもたらすこともある。焦らず腐らず、それぞれの道を前に進みたい。

ところで、敦賀半島にある2つの小学校、西浦小学校と常宮小学校で、昨日、休校式が行われた。同日、美浜町側の菅浜小学校も閉校式を迎えた。

少子化の波はきつかった。複式授業になろうとも「絶対に残すべき」と主張した市議もいた。敦賀の西浦から市議がいなくなって4年。

平成25年度から複式学級の児童の転校を認めていて、休校になる2つの小学校では新入生を含む全員がおよそ460人が学ぶ学校への転校を希望したため休校が決まった。

西浦では、少子高齢化が進み、原子力発電所の長期停止などで閉じる民宿もあった。

最も児童が少ない西浦小学校の休校式には、先週、卒業式を終えた6年生を含む9人の児童や地元の住民などおよそ60人が参加。まず地元に伝わる「西浦太鼓」の演目。運動会に欠かせない演目だった。

西浦小中学校、54年間の歩みに区切りをつけた。浦底湾と水島が見える食堂は市内でもっとも、贅沢なものだった。

福島の事故から4年、2つの小学校の校舎は、放射性物質から住民を守る空調装置が設置された、災害時の避難所の役割をもつ避難場所と変わった。発電所も敦賀1号の廃炉が決まり、2号が破砕帯問題で悩み、3、4号の本格着工の目処もたっていない。

今、「竜馬がゆく」を読み返している。この中に登場する人物の一人、明治の政治家、陸奥宗光。

逆境を乗り越え事跡を残した一人。政府転覆の運動に加担した罪で山形監獄に収監され、不遇の時間を過ごした。

その不遇の獄中でも、英国の思想家ベンサムの大著を原書で読み進め、翻訳した。後に政界復帰し不平等条約改正などで活躍した素地は、この時作られたとも言われる。

今、暗い話の多い、敦賀半島、西浦だが、しっかり前をむいて進みたい。それが今の敦賀でもある。
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