アトムポリス構想の再構築の時期を迎えている。
Date:2015-07-30(Thr)

県立病院陽子線がん治療センターが、27日、陽子線治療の研究所を開設。 着実に陽子線がん治療の実績をあげ、研究所開設の運びとなった。

この研究所では、医師らが治療効果の向上や患者の負担軽減に向けた研究を進め、文科省の認可を受けたことでより充実した研究が可能とか。

この構想は、前進は、昭和56年、若狭湾地域に原子力発電所が集中立地している特性を活用して、エネルギー関連技術や地域産業への応用技術の研究、研修等を実施するための施設を整備しようという「アトムポリス構想」が提唱され、以来その実現に向け努力がなされてきた。

1998年開設の若狭湾エネルギー研究センターの研究のその果実といってもよい。いまさら言ってもしかたがないが、嶺南地域に、敦賀市にあってこその構想の結実ではなかったか。

この構想を掘り下げると、日本学術会議が「地域型研究機関(センター)構想」(昭和62年)を創り、地方に研究所を整備し、その研究を地域振興に活かすべきとの提言がなされた。

これを契機として、福井県が中心となり各大学、電力事業者、研究機関の関係者が議論を開始し、平成5年に基本構想、平成6年には基本計画が取りまとめられ、原子力発電所の集積地の敦賀市との白羽の矢があたった。

若狭湾エネルギーセンターの初代理事長は、国際原子力機関の事務局次長を勤めた垣花秀武氏だ。東京時代にお世話になった先生でもある。

敦賀市長谷に出来るまで、プラザ萬象に事務所があり、垣花さんが、メガネの細目から楽しそうに構想を語る姿は忘れられない。福井大学国際原子力工学研究所と共に、アトムポリス構想の再構築の時期を迎えている。

長谷のセンターの将来構想を図面化していた。それには、陽子線がん治療の診療所、研究所が描かれていた。また、材料試験の工学施設の案もあったと記憶する。今の倍以上の研究施設との将来構想だ。


研究所を整備し、その研究を地域振興に活かすべきとの提言が、福井市で結実したことは喜ばしいことだが、なぜ、敦賀市で出来なかったか、残念でならない。

というのも、放射線研究棟の多目的シンクロトロン・タンデム加速器やタンデム型加速器があり、老朽化の時期を迎えて、新たなエネルギーセンターの将来構想が定かでないからだ。
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