24時間社会とネット社会
Date:2015-08-23(Sun)

寝屋川市の痛ましい事件には、今の時代が反映されていることは確かだ。都会だけの話ではないと思う。この敦賀市にも潜む世界だ。「24時間社会」は、都市の活力を示す前向きな言葉として理解され、コンビニやファストフード店が大都市から地方に波及している。忘れてはならない常識があるように思う。

深夜の敦賀の本町から中央町へ歩いて帰る途中、警察のパトカーに呼び止められ「深夜のひとりブラブラと歩くのは危険ですか注意して帰って下さい」との指摘、よほど千鳥足と反省もあるが、正直、そんな社会だともあらためて認識した。

子どもたちを夜の街に出さないのが常識だが、どうもこれも崩れつつあるらしい。今回の事件の背景には、ネット時代の親と社会の関係も知らず知らずに変貌している。シングルマザーも多い。

一方、最近の犯罪はコンビニがらみの事件も多い。中央町のコンビニでの強盗も深夜だった。嶺北であった強盗殺人も深夜のコンビニが舞台だった。

折から進んだネット社会と併走し「24時間社会」は昼夜の時間感覚を狂わせた。携帯電話でつながっているから、夜遅くに外出しても安心だと親子の間に錯覚をもたらした。

次々と起きる10代の子どもたちが犠牲になる事件が証明しているようにも思う。今では静かな郊外の疋田のなどのコンビニまでが、24時間営業灯りをつけている。コンビニの「不夜城」は、都市の当たり前の光景がもう地方の常識だ。しかし「24時間営業」は、大人社会には便利でひとつの安心でもある。

子どもから大人にまで、夜の怖さやヤミの不安さを忘れさせたようにも思う。
コンビニなど深夜・未明の仕事が社会に必要なのはいつの世も当然であり、人が寝ている時間に働いている人たちには心から、ご苦労さまと言いたい。だが、一方で繰り返しになるが、深夜の生活が子どもたちにどこまで必要なのか、身のまわりから点検が必要にも思う。
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