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熱くなる人がいるから赤レンガ倉庫の存在価値がある。

10月23日(月曜日)

Architect of TSURUGA 2007 シンポジウム『近代化遺産との共生』-旧紐育スタンダード煉瓦倉庫の保存と活用が昨夜、きらめきみなと館で開催された。パンフレットにある「まちづくりの原点は、いつもの住み慣れたまちを見直すことにあります」という説明文から始まっている。何か違うなと感じていた。普通なれば「敦賀市には、旧紐育スタンダード煉瓦倉庫という貴重な近代化遺産があります」という文章から始まるのが常だ。それが、肩肘をはらずに冒頭から違った。

私は、レンガ造りという建物が好きで、江田島、横浜、上川・・・・、近くは金沢、舞鶴と数多く見てきた。そこに明治の息吹というか、普通の建物とは違う温かい感覚と、その土地の歴史との調和とも言うべき時間の長さというか、肩肘を張らない非日常的な、偉そうに語るべきでもない、よさが感じられるからだ。

昨日は、赤レンガ倉庫の歴史と敦賀港のかかわりがずいぶんと明らかにされた。 1905年(明治38年)に紐育スタンダード石油会社によって建設された石油貯蔵用の倉庫。 欧亜国際連絡列車が発着する敦賀港駅からロシアを経てヨーロッパに繋がる国際都市として敦賀が繁栄した時代、明治中期から昭和初期の敦賀港を象徴する施設の一つである。まさに敦賀の港の輝いた歴史を見てきた。

建物は、軍が造った舞鶴のレンガ倉庫の重厚さと違い、経済的にシンプルな造りだ。建物のそのものだけを、同じところに並べると、舞鶴のレンガ倉庫に手を上げるだろうが、軍港と商業港の違いかもしれない構造と歴史背景が敦賀のレンガ倉庫にある。益田兼房講師(立命館大学教授)の基調講演で、「レンガ倉庫の存在意義、価値は、そこに住んでいる市民がもつ」という言葉がそのものだ。

パネルディスカッションでも「そこにあるレンガ倉庫が急になくなったら・・・」という発言が出た。それほど市民になじんでいる赤レンガ倉庫だ。結論でもないが、『①赤レンガ倉庫は敦賀港の歴史の証、②後世に残す市民の財産(そのための耐震化は必要)、③活用方法は、急いで決める必要もない。』というものではなかったか。

ディスカッションの中で、「市民の税金は市民に還元するもの。何かといえば、観光、観光とか・・・」との意見が何度か出された。そのとおりだとも思う。まとめると、「市民ために、保存の耐震化は必要だが、活用方法は議論を重ねる」とのことか。

最後に、会場から貴重の意見がいくつか出された。何よりもこの赤レンガ倉庫に光をあて、保存運動の先鞭を切った、市民団体「敦賀まちづくりネットワーク」の代表吉田孝司さんの存在は忘れていはいけない。90年ごろから敦賀青年会議所を中心に敦賀港を活用したロシアとの交流やまちおこしイベントの企画に携わり、赤れんが倉庫を活用し、命のビザの杉原さんの講演や、ジャズコンサートや結婚式も開いた。 熱くなる人の存在が、赤レンガ倉庫の存在価値、意義そのものでもある。赤レンガ倉庫は敦賀市民の財産という結論だ。

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