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市長の米国訪問、米国金融不安とユダヤ・・・・。
Date:2008-09-18(Thr)

昨日は議会の一般質問。杉原さんの「命のビザ」で敦賀港に来られた生き証人を合うべく河瀬市長が米国に行くというのが9月の補正予算であがった。意義深い内容でもある。現在の敦賀市長でなければできないこともある。88歳証人も高齢であるため時間も限られている。ただ、なぜ、米国、イスラエルでも、との疑問もある。

答弁を聞きながら、米国とユダヤ、そして金融不安を重ねていた。米国の金融不安は、大きい。リーマンだけではない。メリルリンチも身売り、それにAIGと・・・・。利益と欲望の世界のつけは大きい。

87年10月のブラックマンデー、89年12月の日経平均高値からのバブル崩壊、97年11月の三洋証券と北海道拓殖銀行の破綻、山一証券の自主廃業。89年から東京で過ごした10年はバブル崩壊後の「失われた10年」と言われるほど低迷する日本だった。「米国がくしゃみをすれば、日本は風邪をひく」と比喩されたが、その通りの後遺症だった。私の勤務地であった東京田町は、地上げ屋が残した不良債権の土地が多かった。最近は、ようやくビルが建ち見違えるほどになった。

ところで、リーマンの破たんで、テレビ報道で登場したのは、またあのビルだ。東京・六本木ヒルズ。一昨年、ホリエモンとライブドアや村上ファンドの所在地だった。破たんしたリーマン・ブラザーズ証券の日本法人が入っている。

リーマンのような大手の金融企業には、抜きんでて優秀な人材が集まっている。97年の山一証券廃業で、優秀な社員が原電に来た。当初は、世界が違うという感覚だった。

話を明治にバックする。日露戦争を扱った司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」に、ヤコブ・シフというユダヤ系資本家が出てくる。戦費集めに苦心していた日銀副総裁・高橋是清の求めに応じ、日本の国家予算を超える巨額の外債発行を引き受けた人だ。大国ロシアに対し、日本は極東の小国としか見られていない時代。開戦で日本公債は暴落していたし、ろくな担保も取れないからと英米の銀行筋は敬遠していた。

彼の決断がなければ、日露戦争はどうなっていたか分からない。天才投資家だから、日本の将来性や満州利権を計算していただろう。だが司馬は、彼が日本に肩入れした理由をそれだけではないとみる。当時ロシアは徹底した反ユダヤ主義をとっていた。その打倒を日本に託したというわけだ。

話を戻すが、彼の経営した投資銀行を、後に吸収合併したのが米証券大手のリーマン・ブラザーズ。そのリーマンが経営破たんした。負債総額64兆円。原油高もそうだが、ユダヤ資本に翻弄されている。

杉原さんの「命のビザ」でポーランド系ユダヤ人を救い、日露戦争で、ユダヤ人資本家には日本は助けられた。サブプライムローン問題にはじまり、誰も彼もが目先の利益と欲望。そのつけは日本に回る。確かに、大きな犠牲を伴う金融不安を止める手だては何か。一つは政治の力のはずである。ところが、米国は大統領選、日本は総選挙にらみの党首選の真っただ中とあれば、防ぐ力も弱い。今日も世界同時株安か。

敦賀港と「命のビザ」とポーランド系ユダヤ人、米国の金融不安とユダヤ資本のリーマンと、背景には別にしても、人間の野望に翻弄されている。河瀬市長の米国訪問と無理に結びつけることでもないが、米国の金融不安、そのつけは、ボディーブローで、効いてくることは確かだ。
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