茨城県常総市の洪水と避難
Date:2015-09-21(Mon)

昨日、茨城県常総市に身を置いた。常総市災害ボランティアセンターには晴れも手伝い大勢の若者から熟年世代まで男女問わず、約2000名のボランティアが訪れていた。阪神淡路大震災以来、日本はほんとにすてたものではない。

季節はいいといえ、作業するには、まだまだ蒸し暑い。もくもくと働く若者が多いこと、日頃の事件とは違ったふしぎな不思議な光景とも思ってしまう。しかし、これがほんとの日本と思えば納得でもある。災害復旧の司令塔である市庁舎も浸水、想像を超える世界だ。

ところで、今回、常総市を襲った記録的な大雨は、甚大な被害をもたらした。鬼怒川の堤防が決壊し大規模な洪水が発生、犠牲者を出した。最大の課題は、堤防の能力を超える濁流が押し寄せる。その勢いをどうそぐか、敦賀市の笙の川の堤防問題も同じだ。豪雨災害が拡大するなかで、どこも同じ問題に直面している。

もうひとつは、行政による避難情報の提供のあり方だ。常総市では、一部住民への避難指示が遅れるなど、市の対応が十分でなかったことが明らかになった。

鬼怒川の堤防が決壊したのは10日午後0時50分ごろだ。市はそれより2時間20分ほど前の同日午前10時半に、堤防が決壊した三坂町にある8地区のうち、2地区の住民に避難指示を出した。だが、決壊現場に最も近い地区など残り6地区に避難指示を出したのは、決壊した後だった。

避難指示を出したことによって、ほかに指示を広げるかどうかの議論はなく、異論も出なかったとか。現場に来て、なぜとしか言えない疑問がわく。

なぜこれほどまでに遅れたのか、避難情報を出すタイミングなどについてきちんと検証し、制度や仕組みを見直すことが不可欠である。大雨に伴う避難情報をめぐっては、広島の土砂災害や一昨年の伊豆大島で避難勧告が出されなかったり、遅れたりしたことが問題となった。今回も同様のことが繰り返された形だ。行政からの指示に従うだけでは命を守るのが難しいということを、あらためて示した。


決壊現場周辺では、避難指示が出る前に自主的に避難した住民もいた。指示を待つだけでなく、テレビやラジオ、スマートフォンなどで情報を集め、場合によっては、自らの判断で早めに避難することも忘れてはなるまい。

今回、大雨が降ったのは、次々と積乱雲ができ、帯のように広がる線状降水帯が長時間とどまったためだ。積乱雲の発達は急速で大雨の範囲が狭いケースも多く、前もって予測することは困難とされる。線状降水帯は、昨年の広島土砂災害でもできたとみられ、今後も日本のどこでも発生する可能性があり得る。ただ、この積乱雲が敦賀市できるかどうかは疑問だが、それでもこんな大雨、けいけんしたことないとか。それほど異常気象が続いているのが最近だ。
 
洪水に関しては、浸水想定地域を地図で示した洪水ハザードマップが敦賀市もある。正直、疑心暗鬼的な面もあったが、常総市の浸水した地域は洪水ハザードマップとほぼ一致していた。ただ、残念なことに、実際には気に留めて見ておらず、危険を知らない住民も多かったようだ。
 
まずマップを参考に、地域の状況を知ることが大切である。避難場所や経路を確認し、地域住民、町内会で情報共有も進め、自らも自分の命は自分で守る姿勢が大事だ。役所任せ、他人任せではダメだったことは常総市の災害が証明している。いずれにしても笙の川が現実の問題とならぬように祈るのみだ。
スポンサーサイト
【2015/09/21】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |