敦賀のかくれた戦争の歴史(米軍捕虜)
 Date:2015-10-16(Fri)

戦後70年、戦後生まれ、いわゆる戦争を知らない世代が初めて総人口の8割を超えたとか。。
昨日、終戦直前に敦賀市にあった捕虜収容所に収容されていたアメリカの元軍の91歳の男性らが敦賀市を訪れた。まさにかくれた歴史だ。

元捕虜の3人がフィリピンで捕虜になったいきさつやその後、日本の収容所に移送されて国内の工場などで働かされたエピソードなどを話したとか。

当時、約400人の捕虜がいたとも。敦賀空襲など、転々と場所を変えたとも。捕虜ながらも複雑な思いだろう。

一方、捕虜でも、シベリアからの引き揚げた日本人の多くが祖国の地を踏んだ歴史が舞鶴である。そこに残る抑留資料が世界記憶遺産に登録された。シラカバの樹皮に記した日誌などもある。やはり監視をくぐり抜けてきた苦難の証しといえる。

いつの世も変わらぬ戦争の残酷さと人間の悲しさを物語るものだろう。抑留に限らない。その実相を刻みながら埋もれたままの資料が国内外にあるに違いない。掘り起こして記憶し、学び続けたい。

ところで、先の国会で集団的自衛権の行使容認などを盛り込んだ安全保障関連法が成立した。国際社会は変化する。平和を守るための法整備は必要だと思うが、。捕虜になるような、子どもや孫を決して戦争に出しては駄目だ。
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