時間がない拉致問題と、その風化
Date:2015-11-02(Mon)

昨日、北朝鮮による拉致問題の解決を求める集会がおおい町で開かれ、拉致された可能性が排除できない、いわゆる特定失踪者の問題を早期に解決するよう家族たちが訴えた。これは、「福井県特定失踪者の真相究明を願う会」が毎年開いているもので、私は、この団体の役員をして10年を超えている。何回目だろうと思うほど、回を重ねている。

集会に先立って、ひとつの拉致問題の現場である小浜市岡津(おこづ)の海岸沿いで説明会を行った。ここは41年前、当時6歳の高敬美さんと3歳の弟の2人が拉致されたとされる現場でもある。この岡津海岸は北朝鮮の工作員が改造した漁船で上陸し、2人を連れ去った場所と推定できるからだ。

ただ、拉致認定にあがることなく、ほとんど知られていない理由に、子供たちのお父さんが日本に在住していた朝鮮国籍の高敬美ちゃん(6=当時)と高剛ちゃん(3=当時)だからだ。一方、母親の渡辺秀子さん(32=当時)は日本人であり、失踪していた事件では殺害されたのではないかとされている。悲惨な拉致事件といえる。

この嶺南では1990年10月28日早朝、おとなりの美浜町久々子の海岸に工作船が打ち上げられ、その後、男2人の水死体が見つかったもの。県警は2人を工作員と断定し、日本海沿岸から工作員の潜入や脱出を図る北朝鮮の行為が明らかになった、いわゆる「美浜事件」があった。岡津海岸と似た人気が少ない、上陸には最適な海岸だ。


話を戻すが、説明会の後、おおい町悠久館で当時20歳で行方不明になった河合美智愛さんの母親で74歳の喜代子さんが、精神的疲労や周囲の高齢化も進んでいることに触れ、拉致問題の早期解決を訴えた。いつも敦賀の特定失踪者である車椅子で顔を見せていた山下貢さんお母さんの姿は、今年はない。今年で92歳、もう時間がない。

回を重ねているごとに風化が進んでいることは確かだ。小浜市の地村夫妻が帰国する前の東京の九段会館の異常な盛り上がりは、いまがない。

この日の講師をつとめた特定失踪者問題調査会の代表の荒木さんを会場から車で敦賀駅に送りながらご家族の高齢化であらためて「時間がない」ということと、一方で何も進まないむなしさを感じていた。




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