もんじゅへの勧告は、厳しさも必要だが、大事な視点が抜け落ちている。
Date:2015-11-05(Thr)

昨日の原子力規制委員会の勧告には、厳しさも必要だが、疑問視せざるを得ない委員会の体質を感じる。高速増殖炉「もんじゅ」の運営主体である日本原子力研究開発機構について、原子力規制委員会が「十分な能力がない」との判断を示した。これまでの委員会でのもんじゅへの警告的な指摘を考えると、当然とも思えるが、はたして、この勧告が妥当だろうか。

勧告の内容は、「監督官庁の文部科学省に対しては、半年をメドに別の運営主体を探し、新たな運営主体が見つからない場合には、もんじゅの在り方を抜本的に見直すことを求める」というもの。

軽水炉と違い、もんじゅは、高速増殖炉であり、ナトリウムを冷却材に使う特殊な炉であり、機構以外、考えられない。軽水炉を扱う電力には、その専門家もいなければ、知識の蓄積もない。ましてや国家予算を使い、原子力の専門分野を扱う研究機関は日本原子力研究開発機構をおいて他にない。

規制委の勧告決定は、あまりにも不可能なことをいい、将来の廃炉の可能性を含めて、文科省に厳しい対応を迫る内容だ。
 
確かに、5万点近くある機器のうち、約1万点の点検期間の設定などが適切ではないと指摘したし、運転準備作業の停止を命じた。規制委員会は「安全の規制」を第一に考える組織だが、一方でさらなる安全を造り上げる指導的な組織であると考える。

また、機構の組織的、問題への対応など、能力に課題はあるにせよ、どこにあるのか、どうすべきか、以前の安全委員会であれば、指摘をしながら歩んできた。それだから福島の事故につながったと言われるかもしれないが、原子力の怖さをしるなら、勧告し、組織を変えればできるか、そんな簡単な話ではない。

事態を改善できなかった機構や文科省の責任も重いが、ここまでする規制委員会のあり方にも問題がある。敦賀2号での破砕帯問題での一方的な対応をみれば理解できる。安全文化は、国も含めお互いに造り上げるものだと思う。今回の原子力規制委員会の勧告は現場をしらない一方的な破砕帯の対応と同じだ。

国は、昨年4月に閣議決定したエネルギー基本計画で、核燃料サイクルの推進を改めて掲げた。規制委員会も国の予算で動き、安全を第一にすることは当然としても、将来にわたる原子力発電の有効活用を視野に入れるならば、今回の勧告は適切ではないことは確かだ。

もんじゅは、敦賀市にとって、交付金も含めその存在はあまりにも大きい。雇用、景気など敦賀にはなくてはならない存在だ。ましてや安全はその基本であることは当然とも言えるが、この勧告を受けて、大きな正念場を迎えたとも言える。研究技術を維持・継承していくことも重要で、この勧告は、それを無視してのバッサリと切りさえすれば、次なる安全が形成されると思っているのだろうか。

「技術の劣化」を指摘しているが、それ以上に必要な安全確保、あんぜん文化の醸成は、組織的な機構の取り組みしかない。いずれにしても、規制機関としてのあり方が十分醸成していないなかで、原子力規制委員会は権力と権限を持っているだけに、この勧告は大きな刀をふりかざしたようなものだ。それだけの重さがあるだけに機構も敦賀市も対応があまりにも難しい。一方で敦賀市の現状もさらに深刻な状況を迎えるとも言える。
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