平成のカフェと昭和の喫茶店(平和の象徴と平和利用)
2015-11-20(Fri)

昨日は議会前の原子力発電特別委員会の日本原子力発電と原子力研究開発機構の説明会。一方、東京では、敦賀2号機の審査について、原子力規制委員会は、焦点となっている断層の活動性から議論し、設備の安全対策の審査は当面行わないことで、日本原子力発電側と合意。

現在、敦賀市にとって、もんじゅの勧告といい、まさに原子力の街の大きな岐路にたたされている。福島の事故から4年半、安全は最優先だが、どう乗り切るか、まさに正念場にあると言える。

比べることではないが、パリのテロ騒動は世界の観光都市の象徴への危機でもある。はじめてパリを訪れた時の屋外のカフェの存在はまさに平和の象徴に思えた。

最近はちょっとしたカフェが東京など都市部から地方へ、この敦賀へもあらわれた。赤レンガ倉庫の新しいカフェのオープンもその象徴とも思う。若い店主が切り盛りし、女性客が多い、

一方でかつての「喫茶店」の多くが敦賀でも姿を消した。夜勤明けに喫茶店へ入り浸った頃が懐かしい。喫茶店に代わるカフェの言葉が浸透したのは平成に入ってからか。スタバような外資系チェーン店の進出とともに、全国の地方都市に広がっている。

カフェと喫茶店の明確な定義の違いは私にはわからないが、確実に雰囲気が違う。一般には平成のカフェ、昭和の喫茶店のイメージが定着しているようにも思う。

昭和の時代、神戸の喫茶店の多さと雰囲気の良さに驚いた。当時のガロの喫茶店のフォークが懐かしい。カフェや喫茶店の活気は、文化的で成熟した街を思わせる。その日本人が憧れ、お手本としてきたのがフランス・パリのカフェだ。

調べると、17世紀ごろに登場し、文化人や商人らが集い、芸術や政治を闊達に語り合う社交場となった。パリ市民にとってカフェは、生活の一部であり人生の一部とも言われる。

テラス席で人々がくつろぐ光景は、異なる価値観をも受け入れる自由な気風と平和の象徴と映ってきた。パリの革命の原動力にもなった、

話を戻すが、原子力もフランスは平和利用の手本だった。再処理工場のラーグ、近くに映画で有名なシェルブールがある。小さい地方の港町だが、敦賀にも似て洒落たカフェもあった。日本からも若い技術者が学んだ。高速増殖炉のフェニックスのあるパリュセズにもカフェがあり同じ雰囲気だった。

そのフランスのカフェのある日常を奪われ、緊張が続くパリの街の姿に胸がふさがる。そんな市民の語らいの場もテロの標的となった。原子力とカフェを重ね合わせるものでもないが平和利用と平和の象徴、どことなく重なる。
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