核燃料サイクルの要、敦賀市にとっても岐路を向かえている。
Date:2015-12-09(Wed)

35年前の昨日、ビートルズのジョン・レノンはニューヨークの自宅前で凶弾に倒れた。我々世代には衝撃的な報道だった。反戦、平和、愛、自由、平等。『イマジン』に代表されるメッセージ性の強い曲を幾つも残した。

いまでも、戦争や紛争、テロが起きる度に『イマジン』が流され、『平和を我らに』が歌われてきた。原子力の平和利用も強い意志を表したのは日本だ。その原子力の平和利用と核兵器廃絶を宣言したのが茨城県東海村だ。今、その平和利用を国際的に約束して、敦賀の高速増殖炉もんじゅが岐路に立っている。

もんじゅ事故も20年前の昨日。この20年、多くの先輩、仲間、敦賀市民が携わってきた。道半ばに亡くなった方もいる。私にとって、友人、知り合いが多いだけにその行く末をあんじる。

長期停止で士気も低下していることは確かだ。存廃の岐路に立つ高速増殖炉もんじゅ。敦賀市も厳しい現実に直面していると言える。

もんじゅの運転管理にも問題はあったことは事実だが、組織の管理能力だけではない。原子力政策に明確な展望を示さず、国民への説明責任が希薄な国にもある。民主党政権もそうだったが、自民党政権にも、その方針、計画は不透明なまま原子力規制委員会の無責任といえる勧告、それだけに今度こそ、正念場とも言える。

昨日の日経のコラムに『世の中の「不安」を食べて成長するものなーんだ? こんなナゾナゾを出されたらどう答えよう。正解は排外主義やポピュリズムだ。』

と、不安だけが全面になる規制委員会の取り組みはいかがなものか。核燃料サイクルの中核に位置付けられるだけに、丁寧な説明と粘り強い計画の遂行があってしかるべきが、原子力規制委員会は常に安全を盾に突き放したままだ。

もんじゅの安全に関する新基準はまだできないまま、今日に至っている。もんじゅの安全対策と社会的信頼性の国の説明責任も未だに果たさないまま、勧告という厳しい状況が現在だ。

その規制委員会の田中委員長は「廃炉まで求めていない」と発言したかと思えば「廃炉を選択するかどうかは文科相の判断だ」と言い換えるなど無責任な発言が象徴だ。

核燃料サイクルの要だけにもんじゅの存在は大きい。昔、原子力ルネサンスといわれたころ、原子力船の開発が再びできるか、との調査をしたことがある。結論は不可能。理由は市場性のないこともあるが、ノウハウを持った技術者がいないとの論文だった。人材の育成は失ってしまってはじめてわかる。
スポンサーサイト
【2015/12/09】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |