来年こそは誰もが安堵し、安全、安心、安寧、安定という言葉が似合う良い世の中になるように願うのみだ。
Date:2015-12-17(Thr)

昨日は気忙しい年末を感じさせるように、議会の予算決算常任委員会、昼からは嶺南も6市町の首長をそろっての「広域連合」の説明会、夕方は議会運営委員会と続いた。12月議会もそろそろ終盤、最終日にむけてのまとめ作業に移る。

ところで、福井県の偉大な漢字博士、白川静さんによれば、今年の漢字「安」は、解説で「嫁いで来た女性が安静、安寧(あんねい)を求めて祖霊に祈る儀式が原義であろう」と載っている。勝手な解釈だが子どもにとっては母親は安全安心の象徴、そんな意味で「安」の中に「女」が字の中に含まれているように感じるが、あまりにも勝手か。

この一年を振り返ると、安保関連法案をめぐり、与野党が激しく対立した。国内ではくい打ち工事の不正が相次ぎ、海外ではテロが頻発し、不安が広がった。「安」の意味とは逆のイメージがつきまとう年だったと読み解く。

一方、今、平和堂で上映中の映画「杉原千畝スギハラチウネ」では、もう一つの顔も描かれる。インテリジェント・オフィサー、いわゆる情報収集や秘密情報活動に携わる外交官としての姿である。日本で初めて外国(当時のソ連)から入国を拒否されるほど優秀な諜報員だった。

スパイ活動の一方、ナチスなどに迫害されたユダヤ難民のために、バルト海に面したリトアニア領事代理として、独断でビザを発行し脱出を助けた杉原。映画は、テロ、迫害のナチスから欧州の難民問題は古くて新しいテーマなのだと教える。

実は昨日は、1941年12月16日、ドイツは「独ソ不可侵条約」を破棄し、突如ソ連に侵攻した。当時ドイツの東プロイセンにいた外交官、杉原千畝は日本にとって決定的に重要なこの動きをいち早くつかみ、正確な時期までも本国に伝えていた。これをもとに真珠湾へとつながったとの説もある。

日本では、同年同日に戦艦大和が完成している、真珠湾攻撃から8日後の1941年12月16日。太平洋戦争を象徴するような歴史的な転換点でもある。東西ともに戦争へ拍車をかけた日でもないか。

敦賀市でも今年、原子力発電所の長期停止でかまぼこの老獪や敦賀国際ゴルフの民事再生が象徴するように景気低迷が続いて、もんじゅへの勧告も大きな不安要因でもある。

来年こそは誰もが安堵し、安全、安心、安寧、安定という言葉が似合う良い世の中になるように願うのみだ。今日からどうも寒気、雪模様も間近か、夜は湯豆腐で一杯、安眠とーーー。
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