今年は昭和90年、昭和は戦争、復興、高度成長と、まさに激動の時代だった。
Date:2015-12-27(Sun)

戦後70年がまもなく幕を閉じる。一昨日は来年1月下旬の再稼働に向けて準備が最終段階に入った高浜発電所3号機で、原子炉に核燃料を入れる作業が始まった。

24日、福井地方裁判所が4月とは一転、高浜3号機と4号機の再稼働を認める判断を示した。まともな判断だ。これを受けての作業。福井県の原子力発電所も目まぐるしく変わった一年だった。敦賀市にとって11月13日のもんじゅへの勧告はいまでも不思議でならない。それほど、根拠が曖昧な勧告と言えよう。それだけ厳しい現実をどう受け止め、どう高浜のように跳ね返すか、敦賀市にとっても将来がかかる正念場でもある。

東日本大震災後、原子力は何があっても不思議でない。ただ、またまた人材育成が大きなテーマ、懸念材料となってきた。

目を世界に移すと、ことし、テロとの戦いに明け暮れた。年明け早々、パリの週刊紙本社が襲撃され、11月には同時多発テロ。邦人人質殺害事件もあった。

愚かな報復の連鎖がやるせない。ことしは昭和90年でもあり、さまざまな場面で昭和が語られた。私は「団塊」と「新人類」にはさまれたいわゆる「しらけ世代」、大学扮装あとの「ノンポリ」せだいでもある。

高校時代に東大紛争をテレビでみて、卒業時期に大阪万博やあさま山荘事件を経験し、共通1次試験が始まる前の世代だ。

何においても熱くなれず、傍観者のように振る舞う世代か。同窓会の話も、話題は青春時代の記憶から子供の結婚、親の介護、そして互いの病気から定年後の生活、趣味へと。高度成長、低成長そして21世紀と。父は明治30年生まれ、明治、大正、昭和を3代を生きた。母も大正3年生まれ「青春時代は戦争ばかりだった」とよく聞かされた。

私自身、原子力船むつから原子力発電所という激動の原子力の世界で生きてきたが、それでもふと、平和にどっぷり漬かるわが身の幸せを感じる。ただ、テロなど事件を考えると、いつまでも傍観者ではいられるか、どれだけと、時代は速さと怖さを感じる。
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