良いお年を!(田中角栄元首相と高木孝一元市長)
Date:2015-12-31(Thr)

いよいよ大晦日。今年は家族で大晦日を金沢で迎えた。父の墓参りして、はじめて正月を金沢で迎える。今年の金沢人気は大晦日も変わらない。2016年に向けて、申(さる)年は「騒ぐ」と言われますが、敦賀市のもんじゅをはじめ原子力の課題があるが、それでも一歩一歩、着実に前進するものと期待したい。

ところで、年末ぎりぎりの日韓の慰安婦問題の解決、一昨日のトップニュースだが、国との関係や経済など、やはり政治で動くことが多い。国際的な合意は、そのときはよくても年月が立てば、大統領リーダーがかわれば、それは歴史が証明している。ただ、動き出すことは確かだ。それも歴史が証明している。

ところで、豪雪地・新潟の農家の次男坊から裸一貫、土建会社を興し政治家になった田中角栄、大学2年だったか、1972年7月、54歳で首相に就任するや日中国交正常化を実現する。これで日中関係が格段に近くなった。まさに「決断と実行」をスローガンに強烈なリーダーシップだった。

当時、書店で手にした「日本列島改造論」は、薄い本だったが、都市と地方の格差を是正する、その発想力と展開力に感服した。今の北陸新幹線、舞鶴若狭自動車道、北陸自動車道と、この改造論が今、まさに生きている。

一方で土地転がしなどのうわさは絶えず、金権政治と批判されたが、未だに尊敬する人は多い。私もその一人だ。

「コンピューター付きブルドーザー」や「今太閤」、そして「闇将軍」の異名を持った田中角栄元首相、ロッキード疑惑で逮捕されたのは、乗船実習中のバンクーバーの現地のテレビでが知った。それも新聞も一面トップの横、日系の方から「恥ずかしいですね」との声をかけられたのを覚えている。確か、死去したのは22年前の12月と記憶する。 

その選挙区・旧新潟3区の対抗馬で先日の野坂氏の訃報で、当時の記憶を新たにした。その選挙戦のさなか、田中氏は野坂氏を心配し「雪国の怖さを知らない。風邪をひくから、靴下、長靴、手袋を差し入れてやれ」と秘書に指示したという。政界に君臨した権力者の人間的幅を感じさせるエピソードだ。 

ここまで、かき進めたのも、敦賀市にも同じようなタイプの政治家、高木孝一元市長が、いたからだ。もんじゅ、敦賀火力の誘致から運動公園、敦賀女子短大、プラザ萬象、総合福祉会館と、時代が時代だったが、田中角栄ばりの政治力だったと思う。ここではさけるが人間的な幅も大きかった。

敦賀も北陸新幹線など、政治で動いていることは確かだ。新たな時代に期待し、政治も決断と実行の延長戦にあることも確かだ。

最後に、今年も皆さんには大変お世話になりました。議員活動やブログに対する叱咤激励、ご批判など本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。それでは、良いお年を!
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