大きな災害の影響とその後
Date:2016-01-15(Fri)

大きな災害は、人の住む場所を変える。東日本大震災で、東北の人口が、50年から維持してきた900万人を割り込んだ。2015年国勢調査の速報値で示された。前回調査との間に東日本大震災が発生した。

その犠牲や福島の事故による県外避難もあって、さらに人口減少に拍車がかかった。敦賀市も原子力発電所の長期停止で6万9千人あった人口が6万7千人と人口流出が続いている。嶺南も4千人近い人口減少が続き、もう14万人を切ろうとしている。

ちなみに、阪神・淡路大震災は神戸市に戦後初の人口減少をもたらし、震災直前、152万人を超えた人口は1年で10万人近く減少。その後、10年かけて震災前の水準を取り戻した。しかし、“人口の復興”は市の東部と西部では大きく異なり、町の形態を変え、今後、神戸は本格的な人口減少社会を迎えます。人口の増加が続く中央区でも平成42年までには減少に転じ、平成52年の神戸市の人口は、今より1割余り減り、135万人になると推計がある。

そして何よりも震災前の神戸の港湾の取扱い量はいまだ復帰していない。敦賀港も戦争での被害は復興に時間を要し、戦前の五大港とも言われた港湾の地位を取り扱い量も全国40位以下に落ち込んでいるものの、ゆっくりであるが取り扱い量は戦前をはるかに超え着実に増加している。

原子力発電所の長期停止で悩む敦賀市だが、敦賀1号の廃炉の財政、雇用の減少に加え、敦賀2号の破砕帯問題やもんじゅの勧告と重い課題を背負っているが、ひとつひとつ乗り切りたいものだ。

昨日は議会の説明会でアクアトムの活用についての詳細な説明があったが、総合的に中心市街地をどう活性化させるか、という視点も欠かせない。

ところで、東日本大震災後、こんな現象がある。支援に入った被災地に、そのまま住み着く若者たちが結構いる。農村定住願望が増しているという調査結果がある。その理由を考えると、下り坂を緩やかにする鍵があるようにも思う。原子力発電所の再稼働、3、4号の本格着工は最大の近道だが、それまでも北陸新幹線を利用した魅力あるまちづくりも欠かせない。
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