大震災が残した教訓
Date:2016-01-18(Mon)

昨日も「西町の夷子大黒綱引き」「京都の女子駅伝」と正月行事が終わって行く。忘れてならないのが、阪神大震災から昨日で二十一年。昨夜のNHKをみてこれまで、関東大震災は火災、阪神大震災は住宅の倒壊、東日本大震災は津波、という厳しい教訓とも思ってが、阪神淡路大震災は住宅の倒壊に加え、その後、発生した火災で多くの方が命を落としている。

私も震災から5日後、JR甲子園口から神戸に入ったが、もうそこは経験したことがない別世界、被災地。
住宅街で驚いたのは、新しい基準で建てられた住宅が古い日本家屋はものの見事にペッチャンコ。、まさに駄目なものだけが壊れていたとの印象だった。
 
この震災で死者・行方不明者は6、437人。約25万棟の建物が全半壊した。二階建ての家がペチャンコにつぶれ、屋根が腰ぐらいの高さ。死者の九割近くは家の中での圧死に窒息死とか。

JR甲子園口近くの友人宅は昭和11年建造で隣の家に寄り添って助かったが、二階はほぼ全壊。二階に寝ていたお嬢さん二人は、二段ベットで助かったが救出に3時間、その間の恐怖は精神的な後遺症として残り、寝ていたことによる内蔵の状況で透析をしばらく受けた。震災はそのときだけではなく、その後の人生まで影響している。

公共建築物、高速道路、鉄道など、多くのインフラが倒壊したために住民は公園や体育館で数ヶ月過ごした。敦賀市でも公共施設の小中学校はもとより大半の耐震化は進んだが、肝心要の市役所庁舎が残っている。
 
耐震補強するのか、新しく建て直すのか、今後の大きな課題だ。また、住宅地では旧市街地などまだまだ耐震化が進んでいないところも多い。

その後の東日本大震災といい、敦賀市も大震災で大きな影響を受けている。何よりも「命より大事なものはない」。これが震災が残した最大の教訓であり、大震災により健康から生活まで人生を変える。震災は防ぐことはできないが、減災や自助、共助は学んでいる。

大地震が起きても、大震災にしない。敦賀市も地震だけでなく笙の川の水害とまだまだやるべきハード事業はある。
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