電力の自由化と敦賀市
Date:2016-01-24(Sun)

茨城県東海村に来ている。西高東低の天気、日本海側は雪、太平洋側は晴れ。日差しも違う。まぶしいくらいだ。だが、寒さが違う、それも風の強さと冷風というか、空っ風だ。気候は人情も文化も変える。
テレビの宣伝も違う。東京ガスの電気のPR報道は面白く繰り返して報道されている。それほど電力の自由化は儲かるビジネスとも思ってしまう。

ところで、1887(明治20)年の一昨日の1月22日、東京・鹿鳴館に電灯がともった。日本初の電力会社・東京電灯(東京電力の前身)の営業の始まりである。

電気を売り込もうと間もなく全国に電力会社が次々と誕生。1920年代には大小600社以上が乱立して再編を重ね、戦時中に統合されるまで「電力戦」と呼ばれる顧客争奪戦を繰り広げた。東京でも電信柱が何本も立ち、一軒の家屋で二つの電力会社が競った時代だ。

先ほどの東京ガスの宣伝は、電力小売りの全面自由化が、4月に迫ってのPRだ。地域ごとに電力会社が販売を独占してきた電気を一般家庭でも自由に選べるようになる。
市場規模は約8兆円。既に首都圏では「コンビニで電気が買えます」「携帯電話と一緒にいかが」と異業種が相次ぎ電力販売参入に名乗りを上げ、さながら「平成の電力戦」だ。

電話やガス料金とのセット割引や、ポイント加算など多様なサービスをアピールする。地方にとってもその流れはかわりない。

太陽光や風力など再生可能エネルギーでつくったふるさとの電気を都会の住民に買ってもらったり、自治体が地元事業者から購入したりと電気の「地産地消」の可能性も生まれる。いっけん、良さそうだが、これは一面で、短期間であればいいかもしれないが、欧米では長期的には電力料金の値上げにつながっている。地球温暖化対策としての再生エネルギーの単価は下がるどころか、国民の大きな負担として残り、原子力発電所は初期コストがかかるとして、電力会社も敬遠しがちとなる。

明治期の電力会社は、地域で新しいビジネスを起こそうとするベンチャー企業として誕生した。ただ、戦前は、電力の消費量も低く、電気以外にもエネルギー源を多用に活用していた。いまの自由化は市民生活に、国家の安全保障にどれだけ寄与するか、答えは10年後とも思うほど時間が必要だ。電力の街、原子力の街の敦賀市にとっても今回の電力の自由化はボディブロー的な存在だ。
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