シャッター商店街への挑戦
Date:2016-03-12(Sat)

昨日はやはり複雑な日だった。議会の冒頭に黙祷で始まった。東日本大震災によって、なくなわれた多くの方々のご冥福を祈った。幾多の大切なものが失われ、被災者の喪失感は深い。容易に消えるものではないが「どんな悲しみや苦しみも必ず歳月が癒やしてくれます」。瀬戸内寂聴さんの言葉だ。寂聴さんは『日にち薬』と呼びとか。まだまだ時間はかかりそうだ。

一方、県立高校の合格発表、朝からソワソワするご両親、私にも気持ちがわかるだけにどこか微笑ましい。さらに、敦賀気比高等学校の選抜の初戦の相手も決まった。着実に春が近づいている。ただ、風は冷たい。

東日本大震災後の各地の報道が続いている。気付かされたことがある。さほど大きくない地域の中で、一つ一つの浜や集落ごとに風土と文化が異なることを。祭りの神楽に太鼓、運動会はそれぞれの歴史を刻んでいた。そこに大津波、すべて流し、巨大なコンクリートと高台、新たなまちづくりだが、かつての賑わいができるか、戻って来るか、大きな課題が浮かび上がる。

夜は、あいあいプラザで青年会議所の3月例会参加させてもらった。テーマは神楽通り、駅前商店街の空き店舗の活用だ。

いつ頃だろうか、駅前、本町、神楽、相生の商店街の「シャッター通り商店街」となって久しい。ワークショップでも神楽通りの商店主が3軒廃業したとの報告があった。

シャッター通り化は地方は深刻だ。地方の地域活性化を掲げ、国も県も敦賀市も補助交付など支援を20年を超えて行ってきたが、効果はほとんどなかった。

福井県内の中小都市の大野、鯖江、越前、小浜とどこも同じだ。シャッター通り商店街が増える理由は、大きく2つとも言われる。一つは商店主の高齢化、もう一つは店舗自体の魅力不足だ。それ以上に複雑に絡んだ要因が中小都市に絡む。決して敦賀も例外ではない。他力本願、自力本願と、それぞれがイベントを行ったり、懸命に行っている。

活性化に必要な要素に「よそ者、ばかもの、若者」という。青年会議所の最後の挑戦とも言える発想に期待したい。わずかな成功例が全国にある。その成功の原動力はどこも若者だ。青年会議所の空き店舗の事業化の実践に期待したい。
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