平和な夏の風物詩、敦賀港カッターレース。
Date:2016-04-14(Thr)

昨夜は敦賀港カッターレース実行委員会の打ち合わせ。今年は7月31日(日)に開催予定。カッターレースも21回を記録する。運営主体が海洋少年団から市民有志の実行委員会に移行して6年目となる。敦賀市の夏の風物詩、出来るだけつなげたい行事だ。

美浜町のレガッタにしろ、この地域の舟との関わりは深い。古くは、若狭町の鳥浜遺跡から丸木船が1隻ずつ出土した。縄文時代前期のもので、当時この期の丸木舟としては日本最古であったので第一号丸木舟と名付けられた。

ちなみに、縄文遺跡「鳥浜貝塚」で知られる若狭町が整備していた縄文ロマンパークと縄文博物館「DOKIDOKI館」がオープンして以来、ひとつの人気のスポットだ。 

博物館はドーム状に盛り上がったユニークな形で、床下にユリ2号丸木舟の出土状況を再現したコーナー、鳥浜貝塚の地層の剥ぎ取り断面など、縄文文化を知る上で貴重な出土品を中心に、参加・体験型の展示コーナーがある。注目したいのは縄文遺跡からは争いの、跡がないということ。自然の恵みとうまく調和した生活の営みを体験できる。

その後、若狭地域は争いらしい争いが少ない地域でもある。いずれしても、全国的にも1万年以上続いた縄文時代は暴力や戦争が皆無の平和な社会だったとか。

それは紀元前1万3千〜800年の縄文成人の人骨1275点を調査。矢尻が刺さっていたり、頭蓋骨に穴があったりと暴力が死因とみられるのは、わずか23点の1.8%だった。北米、アフリカ、欧州の同時代の割合12〜14%と比較すると縄文社会はいかに平穏な社会だったか。

鳥浜遺跡もそうだが、縄文遺跡で有名な青森県三内丸山遺跡は5500年前から海産物や栽培栗などを食料に約1500年間続いた。自然の恵みで生きる縄文人は人を殺す武器を持たなかったし、自然との共生や生死の循環を信じた社会だったとされる。

敦賀市は古来より交流の拠点、南北朝、戦国時代と大きな争いはあったものの、日本人には平和、非戦争を志向する縄文のDNAが脈打っていることを自覚したい。カッターレースやレガッタは、ある意味競争だが、平和の夏の風物詩だ。
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