水俣病公式確認から60年、そして、敦賀のゴミ問題、福島の事故から
Date:2016-05-25(Wed)

私の経歴から、市民から率直に原子力に関する疑問、避難方法など、突然、寄せられることがある。最近、ふと思ったのが四大公害病、水俣病、第二水俣(新潟水俣病)、四日市ぜんそく、いたいいたいイタイイタイ病(富山県神通川)が、それにあたる。

その原点ともいうべき今年は水俣病公式確認から60年の節目に当たる。10年ほど前、行政視察で水俣病資料館を訪れたことがある。水俣病を風化させることなく、公害の原点といわれる水俣病の貴重な資料を保管している。

あってはならない水俣病、水俣病患者の痛みや差別を受けたつらい体験を展示している。過去にむかいあうとはこういうことか、と感じた。その地域が背負う負の遺産だ。敦賀のゴミ問題は健康被害などなかったが、この問題を知る若い世代が多くなってもいる。

水俣病に戻すと、工業廃水が垂れ流され、有毒物質が蓄積した魚介類を食べた住民らが発病。「公害の原点」とされる水俣病は、企業の無責任な態度や行政の怠慢による被害拡大という重い教訓を残す。

戦後の日本に暗い影を落とした公害はさまざまな形で発生。大気汚染も深刻で、その原因の一つが自動車だった。米国で1970年に制定された厳しい排ガス規制の流れを受けて、日本でも規制が強められた。

メーカーは反発した。コスト、価格が上がるからだ。だが、結果的に吉と出る。環境負荷を小さくしたエンジン改良が低燃費も生んだ。日本車は好評を博し、世界を席巻。一方、規制が後退した米国内の業界は後れを取った。

制約は技術革新を生む。自動車関連ではタイヤの例も。雪道で装着するスパイクタイヤは舗装路面を削って「粉じん公害」を起こし、原則禁止に。代わりに開発されたのがスタッドレスタイヤで、その性能向上は目覚ましい。

そんな自動車開発の歴史に泥を塗るような事態が起きている。燃費不正問題。発覚以来、次々と新事実が出ている。1社だけでなく、他社にも飛び火。日本のメーカーの信頼を損ねた。

原子力発電も技術的には米国を抜いたようみえたが、福島の事故からまだ5年、しっかり向き合う時間が、重く敦賀市にものしかかる。原子力において謙虚に社会と向き合うには、まだまだ時間が必要だ。
スポンサーサイト
【2016/05/25】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |