北陸新幹線開業、最終駅から通過駅となる将来を見据えてーー。
Date:2016-08-09(Tue)

一昨日より、青森県八戸市に地元の八戸港カッターレースの関係で滞在している。注目すべきは、新幹線効果だ。新幹線の開業効果といえば、やはり観光を始めとする経済効果が頭に浮かぶが、地元の意識や住民の暮らしに、新幹線はどんな変化をもたらしたのだろう。10年を超えればその推移も勉強になる。

八戸市は青森県の東端、岩手との県境に近い太平洋岸に位置する。人口24万人弱ながら、近隣の青森市、盛岡市などの県庁所在地に匹敵する都市機能を持つ。商工業・水産都市としての歴史を有する半面、観光産業は影が薄く、2002年12月に東北新幹線が部分開業、一時終着駅となった。

人口こそ違うが、東北のほかの主要都市に比べて全国的な知名度が低く、「岩手県八戸市と間違われた」「県外で『はっと』と呼ばれた」といった市民のため息が絶えなかったところもある。。

それだけに、新幹線開業に市民は勇み立った。当時の最新列車「はやて」の終着駅として名前が知れ渡ったうえ、貧相さが悩みだった八戸駅前一帯が装いを一新したことで、まちづくりへの機運が高まった。

観光面でも、現在は三陸復興国立公園に組み入れられた種差海岸の整備、早春の伝統芸能「えんぶり」のショーアップ、B-1グランプリに輝いた「八戸せんべい汁」のブレークなど、生活文化に根ざした資産を生かした活動が実を結んだ。

開業の直前まで、行政と経済界、市民の動きは必ずしもかみ合っていなかった。観光振興の成功が新幹線の効果なのではなく、新幹線を利用した地元の商工会議所などの力が大きかったようだ。実現した意識と仕組みの形成こそが効果だと、昨夜も伺った。

東北新幹線の新青森延伸後も、一時、観光客など落ち込みはあったものの、中心市街地には市民活動の拠点として、「八戸ポータルミュージアム」を名乗る文化交流施設「はっち」がオープンし、活況を呈している。

昨夜も久しぶりにおとずれたが、東北新幹線・八戸駅延伸開業に合わせ、2002年(平成14年)にオープンした屋台村を訪れた。『地域循環型、バリアフリー型の「環境対応型屋台村」』と評価され、八戸の観光名所の一つとなった。ている。2007年(平成19年)度の年間売上高は約5億6千万円。八戸市中心市街地の表通りの三日町と裏通りの六日町を屋台街で繋いでいるため、両町の頭文字「三」「六」から「みろく横丁」と命名された。

数年ごとに店舗の総入替えが行われている。地元、若手のやる気のある経営者の登竜門ともなっている。これを真似て、青森市で「青森屋台村」を展開、平成15年2月に青森屋台村の構想を立ち上げ、「さんふり横丁」を平成17年4月にオープン。現在、賑わっているとのこと。

北陸新幹線の敦賀延伸、最終駅と一時的なだけに港町、八戸の地元の商工会議所など活動はこれからも参考になる。昨夜も、古い友人いわく「八戸は、行政だよりではなく、民間の力でなんとか、支えている」と。
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