リオ五輪から東京へ。
Date:2016-08-23(Tue)

リオ五輪、高校野球が終わり、残暑だけが残る、祭りの後の寂しさというところか、気比さん祭りまで気だるい日々が続く。

「今日も暑いですね」があいさつがわりになっている毎日だ。それにしても厳しい残暑である。私の育った瀬戸内海では、「瀬戸の夕なぎ」がある。海風と陸風が夕方、入れ替わる。その時間、風がぴたりと止まる。クーラーもなく、カヤをはって、うちわであおぎ50年前。昔の方が暑かったか、今の方が暑いのか。地球温暖化というからには今の方が暑いのだろうか。

ところで、数々の名作ドラマを残した脚本家・小説家の向田邦子さんは1981年の昨日、台湾沖の飛行機事故でこの世を去ったを思い出した。向田さんがなくなったおり、私の母が「まさか、まさか」と何度も語っていたからだ。私の父がなくなり、高松から敦賀の会社の社宅に引っ越し、友だちもいないので、何度も向田さんの作品を読み返していた最中だった。

向田さんが若い頃、四国の高松に1年4ヶ月、住んでいた。そのわずか4ヶ月だが、東京出身の母と話があったと言う。時代は昭和16年4月のまさに戦争直前。

向田さんは、高松の国民学校を卒業の後、当時、県女と呼ばれた県立高松高等女学校に入学してからのわずか1学期だけ、母は家庭科の教師として県女に赴任していた。接点は確かにあるが、母は担任と言っているが定かではない。

話を戻すが、リオデジャネイロ五輪男子1600mリレーに敦賀出身の北川貴理が出場、年齢から次の東京もありうる。また、東京オリンピックの公式エンブレムとして「野老朝雄(トコロアサオ)氏」のデザインが採用され、敦賀駅交流施設オルパークと敦賀駅前広場のサイン(案内掲示)のデザインを担当された方でもある。敦賀市も次なる東京五輪ともうつながっている。

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