復興の拠点、いわき市の現状と今後
Date:2016-08-27(Sat)

一昨日から昨日の朝までいた東北福島県いわき市は、浜通りの南部を占める市である。福島第一発電所を訪れるおり、事故前、事故後、何度か、訪れたまちでもある町でもある。震災復興の拠点でもある。落ち着きを取り戻し、駅前もきれいになった。逆に活気という面では復興予算の減少により、今後、この町がどうなるのか、注目していきたい。

少しも説明すると、地震と津波により、市内の全半壊戸数は仙台市に次ぐ約4万戸に上り(一部損壊も含めると9万戸)、死者は津波や土砂崩れによるものを中心に400名以上に及んだ。また、上記に含め大熊町で発生した福島第一の事故によって市北部が屋内退避区域に指定されるなどの影響もあり、一方、半年間で約7,000人の人口が転出した。

明治初期より本州最大かつ東京に最も近い炭鉱である常磐炭田の開発が始まり、隣接する日立鉱山とともに、明治期の日本の近代化に欠かせない地域となり、常磐線は、この地域で産出される鉱山を首都へ運ぶ重要路線として早期に敷設され、主幹産業として人口増に寄与した。
 
高度経済成長期に石油へのエネルギー革命が進み、石炭産業が急速に衰退していくと、新産業都市の指定を受けるべく14市町村の大合併を行った。この新産業都市は、工業整備特別地域ほどの成果を生むことはなかったが、首都圏から近い地の利を生かし東北2位の工業製造品出荷額のまた、東北地方で最も集客力のあるリゾート施設スパリゾートハワイアンズ
を筆頭に、アクアマリンふくしま、いわき湯本温泉など多彩な観光資源を持っており(2015年度(平成27年度)の市内観光交流人口は東北2位の年間約810万人観光都市としての転換へも成功している。

特に、炭鉱会社であった常磐炭礦が会社存続をかけて1966年に開業させたスパリゾートハワイアンズは、2006年に「フラガール」として映画になるなど、いわき市の顔であり、近年では、市としてもハワイ色を強く出した観光イメージを行っている。

人口34万人、敦賀市の5倍の大きさだが、産業構造の転換や観光といった、敦賀市としてもその将来を考えると参考になるのではと、思うからだ。
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