再興のバロメーター(横丁文化論)
Day:2016-09-20(Tue)

台風と共にでもないが秋の気配だ。さくら、いちょうの葉が一部、黄葉し萩が咲き始めた。勝手なもので夏のさかりがどこかなつかしい。先月8月上旬。青森県八戸市に地元の八戸港カッターレースの関係で滞在。注目すべきは、新幹線効果だ。新幹線の開業効果といえば、やはり観光を始めとする経済効果が頭に浮かぶが、地元の意識や住民の暮らしに、新幹線はどんな変化をもたらしたのか、興味があった。10年を超えればその推移も参考になる。

久しぶりに訪れたのが、東北新幹線・八戸駅延伸開業に合わせ、2002年(平成14年)にオープンした屋台村を訪れた。『地域循環型、バリアフリー型の「環境対応型屋台村」』と評価され、八戸の観光名所の一つとなった。

八戸市中心市街地の表通りの三日町と裏通りの六日町を屋台街で繋いでいるため、両町の頭文字「三」「六」から「みろく横丁」と命名された。行政が支援し、中心市街地活性化事業としても珍しい存在、数年ごとに店舗の総入替えが行われている。地元、若手のやる気のある経営者の登竜門ともなって、客とともにどこか元気を感じた。これを真似て、青森市で「青森屋台村」を展開、平成15年2月に青森屋台村の構想を立ち上げ、「さんふり横丁」を平成17年4月にオープン。現在も夏のねぶた祭りなど、観光客にも賑わっている。

私ごとで恐縮だが、70年代後半、敦賀に最初にきたとき、駅前、本町、神楽といった居酒屋、駅前は国鉄の夜勤明け職員を相手に朝から賑わい、ある横丁の居酒屋によく通った。横丁の浮き沈みが意外に、活性化との関連があるからとも思っている。

全国的に有名な横丁こと、「ハーモニカ横丁」がJR吉祥寺駅北口の真ん前にある一画の名称だ。ここは戦後のヤミ市をルーツにした商業地で、約3000平方メートルの入り組んだ路地に、飲食店をはじめ100軒ほどの小さな店がひしめく。東京の住みたい街アンケートで常にトップクラスにあるオシャレな人気タウンでありながら、その玄関口に堂々とこうした場所が存在する。しかも多くの若者でにぎわい、いまや吉祥寺のランドマークとなっている。住みたいまちトップと横丁の狭さのギャップは大きいがいま、意外な空間となっている。

横丁を軸に、全国に点在するヤミ市起源の横丁の歴史をたどりながら、その魅力に迫った「横丁文化論」を堂々と書物もある。敦賀の横丁をはじめ、港町など各地の横丁、路地、よく通ったが、当時は若者は少なかった。なかには薄暗く怪しげな雰囲気の場所もあったが、最近は様相が変わった。ネット社会が逆に後押しし、老若男女が集う空間ともなっている。八戸や東北の復興横丁で多くの男女に出くわす。

横丁が若者の支持を得て、メディアでも頻繁に取り上げられる、東京のハーモニカ横丁を代表に八戸のハーモニカ横丁、屋台村とある意味、安価でふれあいを感じられる場所として静かなブーム到来とも思える。

地方都市のシャッター商店街は全国共通の悩みだ。八戸の「みろく横丁」の成功に学ぼうと、議員も含めて各地から視察者がやって来る。静かな「横丁ブーム」なるものが起き、多くはないが、全国あちこちに、にわかレトロ横丁が生まれている。先日、集団ではないが、敦賀駅前の横丁にある居酒屋、ルートインなどホテルや駅西整備とあいまって全国版のテレビに出て以来、客足は好調のようだ。

昭和の後半期を生きた私には、敦賀市の総合計画の再興プランの「再興」はどうしてもイメージとして、本町賑やかな頃がひとつのバロメーターになってしまう。もんじゅ建設当時の平成のはじめの賑わいはバブルも重なり、その繁栄とともに横丁文化があったように想う。確かに古いが、古くて新しいまちづくりの文化論かも知れない。
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