再興のバロメーター2(横丁文化論)
Date:2016-09-25(Sun)

昨夜は町内のまつり委員会の反省会。これで一年の町内の祭り関係の打ち合わせは終る。飲み会も重なり、ついついビールが進む。仲間との語らいは明日への源泉でもある。源泉といえば東北の復興現場にとって、昼の作業と夜の語らいは、必要不可欠な存在。

毎年、5月の連休、福島のボランティアに出かけるが、復興を肌で感じる場所がある。屋台だ。地元の方も多いが、明らかに東北以外の復興支援者だ。その復興に当たって、行政が中心市街地活性化事業で飲食街に企画、補助する例は少ない。その中で、商工会議所が間に入って、地元活性化に取り組でいる。地元活性化のバロメーターは、サービス業、特に飲食店、居酒屋の元気、会話で日常の側面をはかり知ることができる。

福島市の中心商店街のひとつ、「パセオ470」(パセオ通り)沿いにある飲食店の集合施設。福島商工会議所青年部が「まちなか賑わい創出事業」のひとつとして行っているもので、飲食店経営を夢見る若手経営者が主に入居している。業種は居酒屋、ラーメン屋などが主。

昼は静かな雰囲気に包まれているが、夜になると赤ちょうちんが灯り、癒しを求めた大人が集まり始める。屋台村の共通コンセプトとして「街なかの賑わい創出、地産地消、お客様第一主義」ということを掲げており、福島の食材や郷土料理を提供する店も多い。このため、観光客にもパンフレットで案内する。一度、訪れたが、復興景気もあり、なかなかの賑わいだ。

復興といえば、思い出すのは、宮城県の気仙沼。全体で7割、居酒屋の集中した南町はほぼ100%の飲食店が津波で流された気仙沼。町に飲食店の賑いを取り戻すために、仮設店舗をひとつのマーケットプレースに集めたのが「復興屋台村気仙沼横丁」。

気仙沼横丁は、津波で流された飲食業主の仮設店舗を、「屋台村」の運営を通じて、行政が長期的復興支援をすることで、地域の復興にとどまらず、地元民、ボランティア、多くの漁業関係者、観光客が集まる場にしている。一度、訪れたが、復興景気で夜の賑わいは、男女ともに、復興を後押ししている。屋台といえば、女性がトイレに困るが、ここは行政の得意分野、洋式の綺麗なトイレが男女別に用意されている。

福島県に戻すと、いわき市の震災復興飲食街、「夜明け市場」は、いわき駅から徒歩2分という好立地。
以前は「白銀小路」として1970年頃からスナックの並ぶ飲み屋街として地元で知られていた。その頃は炭鉱の作業員で大変賑わったという。ところが、郊外化と居酒屋チェーンの進出により、徐々に客は遠のいていった。敦賀の本町とも重なるが、近年においてもやはり、アクセスの良さの一方で、賑わっていると呼べるエリアではない。そんな場所に生まれた震災復興飲食街「夜明け市場」には、現在いわき市出身者に限らず福島の各地で店を失うなどして商売を続けることが困難となった方々と、前からの飲食店、スナック経営者が、協力しあって町を盛り上げる。

ここは、伺うかぎり、行政支援はなく民間が、発電所の事故の被災地支援と重なって、着実に客を増やしている。先月、行ったおり、訪ねようと思ったが、疲れでのぞくだけになってしまった。復興予算は毎年、減るが福島の事故に伴う対策はまだまだ、長い年月を要する。

敦賀が再び、元気を取り戻すのは、敦賀3、4号の本格着工か、それとも現実に進む新幹線工事と開通後か、もんじゅの建設と比べることはできないが、私には敦賀再生、再興のひとつのバロメーターであることは確かだ。
スポンサーサイト
【2016/09/25】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |