骨髄バンク25周年
Date:2016-10-26(Wed)

瀬戸内海には数千の島々があるが、なかでも小豆島と淡路島は思い出深い。カッターに帆を掲げて神戸から小豆島へ、小豆島から淡路島へ。1972年頃だ。夜のランタンの灯りは忘れられない思い出だ。

それから12年後、1984年に淡路島を舞台に、故・夏目雅子さん主演で映画化された『瀬戸内少年野球団』(篠田正浩監督)。27歳の若さで他界した夏目さんと遺作として、「わたしたち野球をやりましょう」のせりふとともに、記憶に残る。昭和を代表する作詞家、故・阿久悠さんが1979年に上梓した自伝的小説が原作でもある。こてこての昭和の時代の作品だ。

夏目雅子で思い出すのが骨髄バンクのポスター。いま、生きていればどんな女優になっていただろうか。なくなる数日前に民放で窓辺から手をふる夏目さんの映像があった。印象に残る光景だった。
その骨髄バンクを介した骨髄や末梢血幹細胞の移植が2万件に達した。

今年はバンクの設立から25周年だ。当初は年に数百件だった移植は近年、約1300件で推移している。

ドナーになれるのは18〜54歳。全国で約46万人が登録する。十数年前、ボランティアで登録をお願いしていた頃が30万人だから、着実に登録者を伸ばしたことになる。

一方、高齢化で登録が抹消されるドナーが増えており、若者の新規登録が欠かせない。私も55歳になった年に、登録抹消の知らせがバンクからきた。なんとも複雑な気持ちだった。

移植を待つ患者は全国で約3千人に上る。命をつなぐため一人一人にできることがある。
スポンサーサイト
【2016/10/26】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |