咸新小学校の敢闘賞(全国小学校ラジオ体操コンクール)
Date:2016-12-13(Tue)

ラジオ体操の動きの正しさや元気の良さなどを審査する「全国小学校ラジオ体操コンクール」で敦賀市の咸新小学校の6年生全員12人で作るチームが福井県のチームでは、全国600チーム中はじめて最終選考まで残って敢闘賞を受賞し、昨日、小学校で表彰式が行われた。

敦賀市の小学校の中で「咸新(かんしん)」という校名が地名でないので、由来を調べると「教育の力 により咸(みな)新しくなるという意味で,儒学の漢籍からとられたもの」とあった。先月、海洋少年団の入団依頼で久しぶりに訪れた。春の桜と校舎のコントラストが印象に残る小学校で、どこか懐かしみの残る小学校だ。

ふと思い出して話を変えるが、先日、引退を表明したボクシング世界王者、長谷川穂積さん。粘って、粘って、粘る。負けない。こんなボクサーもめずらしい。そして粘って打ち出すクロスカウンター、腕が交わったと思った瞬間、相手が前のめりに倒れた。テレビ中継のスローモーションを見て、うなった。紙一重の差で、あごを打ち抜いている。プロの技のすごみ。

今年9月。世界3階級制覇をかけた一戦は壮絶だった。今にも倒れそうで、見ていて怖かった。最後は連打で相手の戦意を失わせたのだが、試合後の話が印象深い。窮地には「ここがチャンス」と考えたと。逃げず、むしろ攻める。喜びも悲しみも知っての至言である。

「明日のジョー」の漫画を地で行くようなボクサーだった。野球観戦とは違ってボクシング観戦は独特の雰囲気がある。長谷川さんの終盤はいつも圧巻だ。まぶたを切り、パンチを浴びるたびに汗と血が霧のように散るころだ。孤独なリング上で自分とも戦っていたのがよく分かる。

40年以上前になるか、大阪府立体育館のリングで後の世界チャンピオンの渡辺二郎と闘ったことがある。といっても当時は日本拳法部で私は大学3年、確か彼は追手門学院大学1年生。粘ってどころか、あっけなく負けてしまった。パンチ力は凄かった。渡辺二郎は世界チャンピオン後は誤った道を歩んでしまったが、ボクシングスタイルは粘って粘ってのスタイルだった。

話を戻すが、「咸新小学校」の『咸(カン)』xianは、戉(まさかり)で人を脅して口を閉じさせる様子を表す会意文字で、あまりいい意味ではないが「新」が加わることで意味が変わるとか。粘って粘って最終選考まで進み敢闘賞は「咸新小学校」らしい粘り勝ち。伝統ある小学校、角鹿中学校との小中一貫でどう変わるか。


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