流れる歳月にもやはりフシがいる。
Date:2017-01-02(Mon)

新年を迎えた。私ごとで恐縮だが年末、孫がひとりできた。昔、「数え年」という習慣があった。よく「数えで○○才」と正月に語っていたのを思い出した。皆等しく一つ年をとった。赤ちゃんが胎内にある十月十日を含んでいる。すればその時が1歳。孫の歳は昨年末26日に生まれて今日で8日だが数えで2才となる。名前を「新(しん)」と名前をつけた。

いずれにしても、正月はひとつの節目で新しくなる。松下幸之助さんの語録がある。「流れる歳月にもやはりフシがいる。ともすれば、とりとめなく過ぎていきがちな日々である。せめて年に1回はフシをつくって、身辺を整理し、長い人生に耐える力を養いたい」とある。

今年もさまざまな困難も待ち受けていることだろう。もんじゅ廃炉の国の決定過程を振り返るとあまりにも無責任だが、これも現実だ。

「経済効果」といった従来の尺度だけにこだわらず、国や行政のお仕着せ、お任せからも脱することが求められてきたが、なかなか脱することが出来ないのも現実だ。

まちづくりや行政、医療福祉、環境などさまざまな分野で、財政難と将来不安に直面している。地域社会の「縮小」に悲観せず、新たな価値を盛り込むことを真剣に考える時だ。少子化はもとより県外への若者の流出も毎年約2千人、市外へ毎年200人に超える。この事実が日常化している。この現実が生まれる前からの根源的な理由もある。建設的な議論を節目の正月を機会に自らも構築したい。

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