堂前一幸さんの受賞祝賀会
Date :2017-02-20(Mon)

昨日は堂前一幸さんの旭日双方光章受賞祝賀会に参加した。あらためておめでとうございます。一番の思い出は、堂前議長時代、当時の読売新聞の記事の力をかりると、

「県市議長会 異例の否決(2012年2月7日 読売新聞)

 県内9市議会の議長、副議長でつくる県市議会議長会(会長=加藤貞信・福井市議会議長)の定期総会が6日、坂井市のホテルで開かれた。敦賀市議会が提出した敦賀原発の再稼働などを政府に求める議案を巡って紛糾し、中断を挟んで採決した結果、この議案は否決された。否決は異例といい、再稼働を巡る各地域の考えのずれが浮き彫りになった。

敦賀市議会が提出したのは▽敦賀原発1、2号機の再稼働と、3、4号機の増設計画を着実に進めることを政府に求める▽高速増殖炉「もんじゅ」(敦賀市白木)での研究継続を政府に求める――内容の議案だった。北條正・副議長が「市民は生活のほとんどの部分を原発に依存している。このままでは将来への不安がある」と理解を求めた。(以下略)」

途中休憩を挟むほどの議論が続き、その空気感はいまでも忘れられない思い出でもある。

普通であれば、各市議会の提出議案は異論なく賛成で決まる市議会議長会だが、これが最初で最後の否決となった。昨日の堂前議長時代の頑固さが紹介されたが、この結果の後も敦賀市は原子力で苦難の時代が続いている。

ところで、話はさかのぼるが現政権が重要課題に掲げ、今春闘の焦点でもある長時間労働是正は古くて新しい問題だ。貿易黒字が膨らんだ1980年代には欧米に「働き過ぎ」と批判され、労働時間短縮が政治課題になった。過労死が社会問題化し始めた頃でもある。

さらに10年ほどさかのぼれば「週休2日制」導入が焦点だった。旗振り役の一人が土光敏夫経団連会長。後に第2臨調を率いて国の行財政改革に大なたを振るい、清貧な暮らしぶりでも話題になった「メザシの土光さん」である。

その土光さんが半世紀余り前、経営不振の東芝に請われて社長として、経営危機にあった東芝をV字回復させた。家電はもとより原子力分野も成長した。私が20代後半だったか、東芝の鶴見工場にタービンの勉強に行ったおり、まず、教えられたのが土光さんの名が刻まれたタービンだった。

その東芝が再び危機に直面している。当時と最も違って見えるのはかじ取り役がいないことだ。その要因である巨額損失の原子力事業だが、そこには優秀な技術者が多いだけに、どうなるのか心配でもある。

東芝と敦賀市の関係も意外に深い。敦賀市内にも金山に東芝プラントの寮ができるほどの存在だったが、敦賀1号の停止、そして廃炉と共に、人がいなくなった。平成23年の東日本大震災の被災者で東芝プラント関係者など家族ごと、敦賀に百人近く移り住んだが、仕事がなくなり、大半は敦賀市を去った。

東芝は日本を代表する名門企業のひとつ。原子力とも密接に関係するだけに、歯がゆい思いも抱えながら、祈るような気持ちで再生への取り組みを見守っているのは泉下の土光さんだけではない。原子力の状況は、今後の敦賀市を左右する。そこには人が動いている。
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