今日は地下鉄サリン事件、昨日はイラン攻撃、そして1995年は敦賀市にとって大きな転換期
Date:2017-03-20(Mon)

今日は地下鉄サリン事件の日。ちょうど22年となる。1995年(平成7年)3月20日に、東京都の帝都高速度交通営団で、宗教団体のオウム真理教が起こした神経ガスのサリンを使用した同時多発テロ事件で、死者を含む多数の被害者を出した。

この時、私は東京勤務で同じ時間に中央線~山手線に乗っていた。午後9時前かJR田町駅前でも、救急車と消防車がけたたましくサイレンを鳴らして走っていた。

この年の1月17日に発生した阪神淡路大震災、さらには同じ年12月18日のもんじゅのナトリウム漏洩事故と、敦賀市にとってもひとつの大きな転換期でもあったように思う。昭和が終わり、経済的なバブルがはじけたものの、敦賀市はもんじゅの建設景気で本町も相当賑わっていた頃だった。

今から思えば、この年、1995年をさかいに敦賀3、4号の建設の遅れやもんじゅの長期停止とつながり、もんじゅ廃炉など、今日の敦賀市の景気低迷にもつながっている。

もうひとつ、イラクのフセイン政権(当時)が核など大量破壊兵器を持っているという情報だ。ブッシュ氏は信じ込んでいた。2003年3月19日(米国時間)、開戦を告げてミサイルを撃ち込んだ。昨日で14年になる。政権を倒してみて、そんな兵器は持っていないとわかった。戦闘に巻き込まれるなどで、17万人とも言われるイラクの民間人が死亡した。肉親が不条理な死を遂げれば、恨みも憎しみも募る。それはテロの温床となった。宗教対立やシリア内戦もからんで、過激派組織「イスラム国」が力を得てゆく。

その後の9-11、3-11と大きな日だが、1995年が世界の転換期、敦賀市にとっても大きな転換年、転換日となったような気がする。

いずれにしても、原子力発電所の長期停止やもんじゅ廃炉に雇用や景気低迷、さらには少子高齢化と人口減少と、敦賀市にとってこれまで経験したことのない時代を迎えている。いかに対応するか、本当の正念場はこれからだ。

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