今は会社人間になるよりは家族と過ごす時間が重視される
Date :2017-05-02(Tue)

本箱を整理すると北杜夫の「どくとるマンボウ青春記」が出てきた。旧制松本高校に在学中、学生寮で生活した。戦後の貧しさや飢えの中でも、北さんらバンカラな学生たちは寮祭やコンパを楽しみ、青春を謳歌していたという。

高校1年で読んで刺激を受けたわけでもないが、商船大学の学生寮・白鴎(はくおう)寮で四年間、まるまる過ごした。四人部屋で私には居心地がよかった。

北さんは当時を振り返り「これほど吸収するところの多かった時代は、わが生涯において唯一のものといってよいのではあるまいか」と著書で述べている。

友と徹夜で人生論を語り合ったり、大声で寮歌を合唱したり...。寮での経験は北さんが作家を目指す出発点にもなった。

私の寮生活はこれほど高尚でもなかったが、よく酒を飲み、イッキ飲みも盛んだった頃の話だ。廊下や風呂の掃除、ごみ出しを協力して行うなど、いまでは、考えられない共同生活。乗船実習で寮を離れるときは、寂しさが込み上げたことを思い出す。

その寮も神戸大学の寮となり、女人禁制の寮も女子寮もでき、大きく環境も変わった。

話は変わるが、先日、ラジオで春によく演じられる落語「長屋の花見」を久しぶりに聴いた。。貧乏長屋の住人たちが大家の誘いで花見に繰り出す。ケチな大家が用意したのは番茶を水で薄めた酒や、たくあんを切った卵焼き…。笑いどころが満載の演目だ。

金ヶ崎の花見も集団が減り、事前に場所取りをする人はほとんど見られない。酔客が大声で歌ったり、踊ったりする光景は消えた。一方、日中の家族連れが増えた。この敦賀でも今は会社人間になるよりは家族と過ごす時間が重視される時代になった。中央町もマンションが増え、コミュニケーションというよりは無関心でいるほうが生活の知恵といった風潮が多くなったように思う。時代は時代として受け止めての対応が必要な時だ。
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