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1800年の時を超えて・・・・
Date:2008-11-27(Thr)

平和堂6階で現在上映されている映画「レッドクリフ PartI」は、「赤壁」の直訳。「三国志」最大のクライマックスとも言える。空前の規模で撮影を敢行した「レッドクリフ」の映像は「三国志」愛読者にとってたまらないものとか。今週末にでも行こうと考えている。今年は赤壁の戦いからちょうど1800年の節目に当たる。

偶然かどうかは別にして、ちょうど三国志のころの敦賀の姿だ。1800年前の敦賀の遺跡が公表された。中郷公民館建設予定地(敦賀市羽織町)の大町田遺跡。弥生時代末の約1800年前から古墳時代初頭約1750年前の9つの住居跡や、かめ、つぼの破片などが出土した。

この時期の集落跡が見つかるのは、敦賀市では初めてで、空白の時代でもあったとか。遺跡がある中郷地区は当時、人口密集地だったと想像すると面白い。また、色合いや形状から近江や東海製の土器の破片も混じり、遠隔地との交流もあったとか。敦賀市が当時からすみやすく、交流の地域だと理解できる。どんな交流があったのか、想像すると興味が尽きない。今と変わらない穀倉地帯と自然が当時からあったとの証明でもある。大事にしたいが、発掘調査は12月中に終了し、懸案だった新公民館は来年度中に着工、10年度秋の完成を目指す。

話を中国に戻すが、私たちになじみの深い三国志の物語は、劉備、関羽、張飛、そして名宰相・諸葛孔明らが天下統一という夢に向かって繰り広げる壮大な歴史ロマンであり、人間ドラマ。吉河英治の三国志は父の愛読書だった。私も流し読みのつもりが、ついつい引き込まれる大作だった。私はひねくれ者かもしれないが、敵役と描かれる蜀の曹操が好きだ。敵役として描かれたのは、蜀を中国の正統とする歴史観からとも言われている。

三国志では、乱世の奸雄(かんゆう)とされる曹操だが、彼の足跡を見ていくと、偉大なリーダーであり、為政者であった事実が浮かび上がる。政治や軍事だけでなく、文人としても優れていたと聞けば、見方も変わる。魅力的な人物だ。長年の書物はイメージまでつくりあげている。どうしても敵役のイメージがつきまとう。

しかし、勉強すると、日本の律令制制度、さらには現代の日本社会の基礎とも言えるもの影響を与えている。人々に土地を貸し与え、耕作させる屯田制を導入、兵糧を確保した。租税をお金ではなく現物で、個人ではなく戸別に徴収したのも彼である。日本では教科書で習った「班田収授法」「租庸調制」の元になったアイデアだ。彼は人材も広く求め登用した。いずれにしても面白い時代だ。

1800年の時を超え、中郷の大町田遺跡は、敦賀の平穏な自然な世界を想像させてくれる。レッドクリフは、戦乱の世を生きた英雄たちの世界を想像させてくれる。三国時代と同様、現在の経済、政治、社会情勢も混迷の時代といえよう。名将、知将たちの足跡をたどると、信念のあるリーダーの資質とは何か、を考えさせられる。いずれにしても、乱世は面白いが、庶民には平穏と平和が大事なことはことは確かだ。
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