失敗の本質
Date :2017-08-16(Wed)

昨夜のNHKのインパール作戦は考えさせられた。兵士がバタバタと死んでいく。作戦遂行の上層部は精神論だけをとなえ生き残った。戦争の犠牲者は庶民であり、末端の兵士が真っ先に影響を受ける。

戦略目的は大義名分があるように思うが、成功する可能性やその後の効果を検討せず、補給線を軽視し精神論だけのずさんな作戦により、多くの犠牲を出して歴史的敗北を喫し、多くの犠牲者をだした。無謀な作戦の代名詞として現代でもしばしば引用される。

以前に読んだ「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」 (中公文庫)は難解だが、失敗の本質を分析している。

なぜ今『失敗の本質』なのか?2011年の震災後の国の対応、最近では相次ぐ東芝など、巨大企業の組織的隠ぺい、都政への不信感などから、30年前の古典が再び脚光を浴びている。

日本を代表する総合電機メーカーの東芝が、深刻な経営危機にひんしている。米国での原子力事業に巨額の損失が発生したためで、今年3月期は自己資本が6千億円余りのマイナスとなる債務超過が確実。危機脱却へ中核の半導体事業を高値で売却し、多額の資金獲得を目指しているが、思惑通りに実現するかは予断を許さない状況である。

もう少し書くと、東芝の経営問題は2015年に不正会計が発覚し表面化。歴代3社長が引責辞任することなどで出直しを図ってきたが、いまだに展望が開けない。真っ先に犠牲になるのは社員であり下請けだ。

しかし、現経営陣が想定していなかった今回の事態は、事業のリスクや将来性の把握が甘く、適切な判断を下せていなかったことを意味する。経営の失敗である。

著書「失敗の本質」に「いかなる軍事上の作戦においても、そこには明確な戦略ないし作戦目的が存在しなければならない。目的のあいまいな作戦は、必ず失敗する(中略)。本来、明確な統一的目的なくして作戦はないはずである。ところが、日本軍では、こうしたありうべからざることがしばしば起こった」(文庫版、P268)と書いている。

敦賀市政に合い通じることはないか、いまを照らして考えさせられる。
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