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龍馬没後150年、めぐみちゃん拉致から40年
Date :2017-11-16(Thr)

昨夜はプラザ萬象でのウイーンピアノ四重奏団のチャリティコンサート。終わった後の皆さんの笑顔、曲名含めてわからなくても、いいものはいい。そんな感覚ではないか。私もよく内容はわからないが何故か、幸せな気持になって会場を後にした。

ところで、昨日は龍馬没後150年、おそらく木の芽峠を何度か通っているだろう。もうひとつは、めぐみちゃんが拉致されて40年。

昨日、テレビで1977年11月14日、誕生日を迎えた父に携帯用のくしを贈った。「おしゃれにも気を付けてね」。自分だけでなく家族の身だしなみも気に掛けたのだろう。新潟市に住む横田家の長女で中学1年めぐみさんである。

北朝鮮に拉致されたのが翌15日の下校中。16日の市内の天気は快晴、小春日和の一日だったとか。

40年の月日が流れた。81歳になる母早紀江さんも含む横田家にとって、これほどしらじらしく響く言葉もない。「会いたい」。毎日毎日、自宅に飾る写真を見て落ち着かない心を静めている。

85歳の滋さんは近年、体が衰えてデイケアのリハビリに通う日々。頭髪はもうフサフサではない。

敦賀市にも議員になって一度、横田夫妻をお呼びしたことがある。もう15年以上前のことだ。あいあいプラザで有本夫妻と並んでパネル討論をしてもらった。終わった後、丸勘でお礼を述べたとき「私たちがお礼を言わなければ」と、謙虚というよりめぐみちゃんに会いたい一心だったろう。こちらが恐縮した。講演回数も1400回を超えるとか。

話を変えるが人道の港ムゼウムに与謝野晶子が敦賀を経由してパリに行ったことが記されている。いま、与謝野晶子について調べている。これほど、情熱的な女性はいない。

その晶子に「女」としての目覚めを歌いあげた一首がある。

「その子二十くしに流るる黒髪のおごりの春の美しきかな」。

自慢の髪にくしを通せば季節までもが心地いい、という女心が伝わる。少女から女へ。髪への関心は大人への階段を上るにつれ増す。その人は13歳の時、意識し始めたに違いない。その滋さん誕生祝いのくしの話があった。話を戻すが、滋さんも85歳、時間がない。

敦賀もけっして拉致とは無縁ではない。地村ふきえさんは東洋紡ナイロン工場で働いていた。結婚式で4月に辞め小浜に帰った、その年、昭和53年7月7日の七夕の日に拉致された。

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