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北陸王朝と金ヶ崎城址
Date :2017-12-08(Fri)

NHKの「 ブラタモリ(富士の樹海編 )」で 使われていた「 赤色立体地図 」。これは アジア航測株式会社の「 フェロー 千葉達朗氏 」が開発した立体地図で、線も記号も光影も使わず、赤色のグラデーションを用いてそこにある地形を、立体的に見せる表現技法で、21世紀の「 マップスタンダード 」と言われる。地図業界の常識を打ち破る発想で、地形の凹凸が一目で3次元的に表現されることで、近年特に各方面から注目されてる。

この技術を使った地図が、金ヶ崎城と天筒城に使われている。

そこに前方後円墳の鍵方くっきりと浮かび上がっている。市の専門家に伺うと、古墳時代の前期の遺跡とか。まさに古代のロマンだ。

ここに戦国時代の堀切やたて堀など、くっきりと浮かび上がっている。

ちなみに、「 赤色立体地図 」で赤色を使うのは、人間の目が赤を見ることを得意としているからとか。酒を飲んだ人を顔色で見分けたり、刺身や肉の鮮度を赤みで判断したりすることはよく経験するところで、赤色を使うと最も強い立体感が生じ、更に微妙な傾斜変化を認識しやすいからだと。


この金ヶ崎城にはまさに古代のロマンがある。『太平記』の記すところでは、南北朝の初め(1336年)後醍醐天皇から譲位された皇太子恒良親王は、敦賀金ヶ崎城に入り、この地に二度の朝廷が生まれました。だが、この朝廷のことは正史にあらわれていない。

こんことが「幻の白鹿王朝 金ヶ崎城」に書かれている。本書は正史から消えたこの朝廷の実体をこの時期重要な役割を果たした、後醍醐天皇の御料であった気比神宮の側から描いている。

軍記物である『太平記』の記述には、歴史的資料価値が問題視されてきましたが、本書では現地調査を重ねながら数箇所を訂正して物語を構成しているのが興味深い。

話は、鎌倉幕府の滅亡から足利尊氏が幕府を開く前年までを、新田義貞の軍勢と足利尊氏の大軍との攻防とともに、「白鹿」の年号を称した北陸朝廷の誕生から滅亡までを描いたもので実に面白い。

そして、戦国時代には信長、秀吉、家康の登場する金ヶ崎城が、くっきりと冒頭の赤色立体立体地図に浮かび上がる。

金ヶ崎城址には、古代の古墳から南北朝の戦い、戦国の戦いとしの城址、今では桜の名所と、豊かな歴史ロマンをしっかりと子供たちに伝え、観光客にもアピールできる素材満載だ。金ヶ崎は、そんなロマンの城址であり、最近になって、北陸新幹線工事現場で金ヶ崎城址関係の墳墓が発掘されている。

 
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