気骨ある昭和の政治家
Date:2018-01-30(Tue)

インフルエンザ発症から4日目、体温も37度に下がり本やビデオを見て気をまぎらす。

ところで、政界引退後も精力的に発言しその存在感を示していた野中広務・元衆院議員が26日、92歳で亡くなった。敦賀の原子力平和利用協議会で講演をうかがった。
自らの戦争体験から「子供たちを戦争に行かすな」と自民党の議員とも思えぬ発言には迫力があった。「被差別部落出身」を公言し、反戦を主張し続けた。

敦賀のごみ問題で被差別部落と称するある集団から私自身、非難受けたことある。その時に読んだ本に「差別と権力」(野中広務)があった。読み返すとこれも説得力がある。

原子力ゼロを目指す小泉元首相と比べるのは失礼だが、言葉に実体験に基づく凄みがあった。

年齢にも関わらず、集団的自衛権の行使容認などを念頭に、安倍首相の政権運営を「危険で偏った政治」と批判するなど、戦争の時代を知る「昭和の政治家」としての発言を続けた。

平成6年の村山内閣では自治相兼国家公安委員長に就任。翌年の阪神大震災や地下鉄サリン事件などに対処。同10年の小渕内閣では官房長官。同11年の自自公連立政権樹立の道筋をつけ「影の首相」とも呼ばれた。

地方政治の大先輩であり京都府園部町議、同町長、府議、副知事から昭和58年の衆院補選で当選、57歳での中央政界入りと、“遅咲き”であった。しかし、地方政治を見つめ、地方の思いを肌で感じてきた実績の積み重ねが力となり、自民党幹事長など中央での活躍を後押ししたように思える。

野武士のような風格、信念を貫く姿勢、学びたい。「昭和の政治家」がまた一つ消えた。
 

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