分岐点と選択
Date:2018-02-12(Mon)

節分過ぎても雪とはいささかうんざりだ。雪の対応で苦情を受けるが、明らかに個人の対応力や我慢力も弱っている。

ところで、節分という言葉、節目、人生は分岐点の連続とも思う。大きな節目は大学、就職それに市議の選択、各各が私にとって大きな分岐点だった。私的なことでもうひとつが結婚、子供の進学、就職も分岐点になったような気がする。

小さなところは、朝、目覚めてすぐに起きるか、それともあと5分寝るか。朝食はごはんか、うどんか、パンか―。普段はそれとは気づかぬ小さな分岐点で、常に選択を迫られる。

日本の大きな分岐点はなんといっても太平洋戦争。この戦争がなかったら、私は生まれてこなかった。

ちなみに、幻の五輪となった1940年東京大会、36年に開催が決まったが、日中戦争が始まり、38年に返上を閣議決定した。当時は、夏季大会の開催国に冬季大会の優先権があり、返上に伴い札幌大会も幻になったとか。

この時の五輪は、紀元前660年元日(旧暦)とされる神武天皇の即位日から起算した「紀元2600年」が40年に当たることから、万国博覧会とともに記念行事として誘致された。万博も幻になったが、当時会場に予定された東京・月島の埋め立て地への交通路として建設されたのが「東洋一の可動橋」といわれた勝鬨(かちどき)橋と教わった。

いずれにしても分岐点と選択は、多くの人の運命も変えている。平和も戦争もその時々の選択。今日はこれ以上、続かない。
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