官僚主導と政治主導、それに世論
Date:2018-03-28(Wed)

昨日、金ヶ崎、笙の川の桜が咲き始めた。報道では26年ぶりに清水町の公示地価の上昇と。北陸新幹線開業が迫り、ようやく実勢の経済が動き出したとの感覚だ。3月も終わり近くなり昨日は嶺南広域行政組合議会、嶺南も人口減少を筆頭に課題も多いが、嶺南六市町の首長と議員が集まるだけに、侃々諤々の議論にはなりにくい。

ところで、昨日の国会の佐川喚問の報道で思ったことがある。民主党政権時代、ある経済産業省の官僚と話をしたことがある。あらためて、驚いたのは、その過酷な働きぶりだ。

まして、「国会が始まると、もう帰れない。朝まで霞が関の役所で答弁作りに追われる、家族と顔を会わすことはない」と真面目に語っていた。かつて経済産業省の前進の通産省を「通常残業省」と皮肉ったことがある。彼ら官僚は、よく働くがそれは自ら国を動かす、そんな誇りだけが支えのように見えた。

市役所も深夜まで電気が灯ることがある。台風や大雪の時は多いが、議会の一般質問の答弁書を書くときも夜12時近いときも電気が灯るが明け方まではない。国会も地方議会も答弁書の大半は公務員に支えられている。

麻生財務相は先週、自らの職場を「ブラック企業」と呼んだ。労働環境を改めないから「品質が劣化」すると。これが実態だとも思う。

強すぎる「官」を「政」がどう御するか。民主党政権の時も声高に官僚主導打破、政治主導をさけんだが、東日本大震災では官僚に頼るしかなかったと記憶する。

いま、安倍政権で政治主導が実り、政が官をねじ伏せる。そんな図式が報じられるが、その結果が厚生労働省のデータの誤り、今回の財務省の改ざん問題など、「官」の劣化とも考えたくない。

余談だが、敦賀にいま、大きな影響のある経済産業省のエネルギー基本計画の原子力分野も、かつては官僚主導的な要素が強かったが、政治主導といいながら世論を意識し過ぎるのも考えものだ。

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