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東日本大震災後のFMの活躍とFM敦賀
Date:2018-04-07(Sat)

ふるい話だが、1995年に発生した阪神・淡路大震災。ボランティア寝泊まりした東灘区の体育館で毎朝、聞いていたのが兵庫エフエム。

地震情報やライフライン情報など、神戸らしい英語の放送もあった。当時、東灘区役所とボランティアとの連絡の役目を担っていた私にとって、神戸市役所から連絡など貴重な情報源だった。

その兵庫エフエムも実質的な親会社であったダイエーも本社機能のある神戸市などを中心に大震災で大打撃を受けたのをきっかけに経営が傾き、新しいスポンサー企業も見つからなかったため同局も経営が傾いてしまった。

どこのコミュニティFMも中越大地震、東日本大震災と、地域密着の重要な情報源として災害時の役割は誰もが認知しているところだ。

そのコミュニティFMが敦賀にある。敦賀FM放送株式会社は、県で3番目に開局したコミュニティFM放送局。愛称はHARBOR STATION(ハーバーステーション)。

使命は「地域密着、住民参加、防災支援」の3本柱だろう。東日本大震災時に小回りの効くメディアとして評価が高まり、開局が相次いだ。

最も期待される役割は防災支援だ。FM敦賀は市と連携して、地震、大雨、大雪などの非常時に緊急放送を行うとしている。

ただ、受信エリアが市内に限られていること、市内の景気が原子力発電所の長期停止で低迷していることなど課題が多い。

安定経営を堅持しながら、市との災害時協力協定の締結など、こうした取り組みを深めながら、また、敦賀港カッターレースでの嶺南ケーブルネットワワーク(RCN)との共同放送など、とコミュニティーFMの可能性を広げての取り組みも評価できる。

ところが、東日本大震災後、活躍した臨時災害FM局は岩手、宮城、福島、茨城4県に計30局が開局が、3月末で全て閉局した。その大きな理由が資金不足。緊急性の高い放送が減り、国の交付金が見込めなくなったことも背景にある。寂しい限りだ。

東日本大震災後の街の復興が進んでも、心の復興の歩みは人によって違う。まだまだ地域密着型FMが必要だが、いずれにしてもFM敦賀の末永い活動と頑張りを期待したい。

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