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瀬戸大橋と夕暮れ
Date:2018-04-22(Sun)

昨日は海洋少年団の野坂山での合宿と少年団県連盟総会、終わって直ぐに四国高松へたった。瀬戸内海に沈む夕日が眩しかった。

本州の岡山県、四国の香川県を結ぶ瀬戸大橋、何度、通ったか。それも自分の両親、女房の両親とそれぞれの最後をみとどける度にも通っている。今年で開通30周年を迎えた。4人目が女房の母親だった。

瀬戸大橋の開通は1988年4月10日。私は結婚し敦賀に居た。その約1カ月前、3月13日に青函トンネルも開通している。この2つのプロジェクトの完成で、北海道・本州・四国・九州の線路がつながった。このとき、JRがダイヤ改正でアピールしたキャッチフレーズは「レールが結ぶ、一本列島。」だった。

いまでは懐かしいが、瀬戸大橋の開通前、鉄道で四国に向かうためには宇高連絡船があった。宇高連絡船は岡山県の宇野駅と、香川県の高松駅を結んだ。2つの駅の1文字目を取って「宇高連絡船」だった。鉄道扱いの航路だから、乗船には国鉄の乗車券が必要で、もちろん「青春18きっぷ」でも乗れた。

東京駅からの寝台特急「瀬戸」は、宇高連絡船時代に宇野駅発着で連絡船に接続していた。確か修学旅行に乗った。瀬戸大橋線の開業後は瀬戸大橋を渡って高松駅発着となり、現在の「サンライズ瀬戸」となった。

ところで、瀬戸大橋には複線を2つ、計4本の線路を敷設できる構造になっている。四国横断新幹線用に確保されている。
兵庫県の淡路島と徳島県の鳴門町を結ぶ大鳴門橋だ。こちらは瀬戸大橋より3年も早く、1985年6月に開通した。瀬戸大橋と同様、上階が高速道路用、下階が鉄道用になっている。道路部分だけ開通し、鉄道部分は33年間も使われていない。

高度成長から低成長に入り、バブル崩壊を経験した30年の月日、敦賀との往復も両親がいなくなると遠ざかりそうだ。

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