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アニメによるまちづくり
Date:2018-04-28(Sat)

小学校、中学校の頃の愛読書は「少年マガジン」。当時、買えなくて小遣いを出しあって仲間と回し読みをした。期限もある夜を徹して読んだ記憶がある。高校になると小遣いで買えたが大学まで一貫して少年マガジン派だった。

なかでも「あしたのジョー」は、少年マガジンといいながらどこか、大人じみていた。恋愛あり、少年院あり、不良あり、ヤクザあり、戦後の復興のドサクサを引きずっていたようにも思う。

原作は1968年から73年の五年間にわたり少年マガジンで連載され、特にジョーのライバル力石徹が亡くなった際にはその葬儀が執り行われたことでも話題となった。

それが50周年、ときのたつのは速い。

一方、この頃、女房は「ベルサイユのバラ」に夢中になっていた。1972年から73年まで『週刊マーガレット』(集英社)にて連載。フランス・ブルボン朝後期、ルイ15世末期からフランス革命でのアントワネット処刑までを描いている。前半はオスカルとアントワネットの2人を中心に描き、中盤以降はオスカルを主人公として、フランス革命に至る悲劇を描いた。恋愛ものも恋愛もの、大人のドラマだ。私は話を聞かされ、いささかうんざりしていた。


ところで、1999年に敦賀港海港100周年記念の「つるがきらめきみなと博21」にあわせて、松本零士アニメモニュメントが制作された。駅前の看板も、バスもヤマトや999をフィーチャーもある。それを観て「敦賀は松本零士先生の出身なの? 」と。

結論から言うと全然関係なし。(松本零士の出身は福岡)。

当時人気を呼びつつあった同じ日本海側の境港市の水木ロードの妖怪たち、敦賀は二番煎じだが、早かった。

「世界とふれあう港町、魅力あふれる交通都市」を目指す敦賀市が「港と駅」の連想から松本零士作品を選んだ。アニメによる町おこしはどこも難しい。


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