敦賀にとって功績のある歴史上の人々
Date:2018-05-22(Tue)

敦賀にとって大きな功績をあげた出来事、人物が、話題になった。
大谷吉継、松尾芭蕉、杉原畝は欠かせない。いずれも名誉よりも功績をあげた人だ。大谷は、敦賀城の建設と共に、今日の敦賀の町の基本を築き、氾濫の扇状地の治水も行っている。松尾は、「奥の細道」の足跡を残し、杉原はユダヤ人の人道の足跡を残している。

ところで、日本が大転換した明治維新から150年の今年は、本格的な政党内閣が誕生して100年の節目にも当たる。

調べると、1918年に発足した原敬内閣は、陸軍大臣ら3大臣以外は立憲政友会の党員で構成された。爵位を持たず、選挙で選ばれた衆院議員が首相になったのも初めてだった。

明治維新後の政治は、維新を主導した薩摩藩や長州藩出身の元勲らによって行われた。いわゆる藩閥政治だ。大正デモクラシーが生んだ平民宰相・原敬は、3年後の21年に東京駅で凶刃に倒れた。

原敬の名は、その遺書によっても国民の記憶に刻まれることになった。遺書には「墓石には姓名のほかは位階勲等も記すに及ばず」とある。名誉や権威ではない、功績の人だ。

西郷隆盛も名誉や権威ではない、ひたすら明治維新を生きた功績の人だ。

敦賀に関係する偉人、大谷、倍の、千畝、いずれも、結果として晩年は優遇というよりも不幸だったかもしれないが大きな足跡を残してくれている。p

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